すると芦名先生がパッと顔を明るくしたかと思えば、いそいそと保健室から出て行ってしまった。しばらくして戻ってくると、後ろに一人の女子生徒がひょっこりと顔を覗かせる。
 見たことがある顔だなと思っていると、芦名先生が紹介してくれた。

「鹿原莉子さん。日和さんと同じクラスの学級委員よ」
「……あ!」

 そうだ、春先に昇降口のところで一度だけ会ったあの人だ。

「一回だけ話しかけたことがあります。覚えて――」
「ご、ごめんなさい!」

 鹿原さんが話すのを遮って、私は思い切り頭を下げた。あの時の私の態度と印象はかなり酷かったはずだ。初対面の第一声が「嫌」なんて、人見知りにも程がある!

「高田さん、なんで私が話しかけたかわかる?」
「……へ?」

 少し怒りのこもった声が聴こえる。おそるおそる顔を上げると、鹿原さんがスマホの画面を私に見せてきた。
 画面には人気グループに所属しているアイドルのポスターで、その隣には鹿原さんがアイドルの頬を指さしながら恥ずかしそうに映っている。

「私の推しがいるグループで今度出すアルバムなんだけど、そこに収録されるソロ曲でアズっていう人が楽曲提供してくれているの。知らない? ゼンっていうんだけど」

 ゼンという名前には聞き覚えがあった。確かSNSでアズが告知していたから、曲も視聴したことがある。
 クールなイメージを持つゼンを見て、アズが一番かっこいいと称賛した高揚の少ない淡々としたボーカロイドに寄せて作られた楽曲だった。難易度が高い歌をライブで生歌披露して反響を呼んでいたのは、最近の話。もちろん、私の耳にも入ってきている。

「昇降口でたまたま横を通ったときに聞こえてきたのがその曲だったことに気付いて……それでつい。驚かせちゃってごめんね」
「……あの曲、好きなの?」

 私がそう問うと、鹿原さんは満面の笑みを浮かべた。