「そういえば、高田っていつもどこにいるの? 一通りの教室覗いても姿がなかったからさ」
「……えっと」

 梅雨の時期になり、気圧の変動で頭痛を引き起こした生徒が出てきた。保健室にも訪れる生徒が多く、邪魔になると思い図書室に移動した私は、三週間ぶりに若槻蒼汰と遭遇した。この一時間で解くはずのプリントを放って話していると、突然彼が聞いてくる。

「ほ、保健室……」
「そうなんだ。じゃあ行けばよかったなー」
「え?」
「だって俺が保健室に顔出せば、高田とアズの話できるだろ? それに一回しか聴いたことがない曲の、しかもドラムパートをどうして聞き分けられるのかも知りたかったし!」
「そ、それは私も聞きたい! 楽譜も一切出てないのに、どうしてわかったの?」

 私が聞き分けられるのは、ずっと同じ曲を何度も聴いたあと、一つの音に集中して聴き込むのを繰り返したものだ。ミスパプに関しては生配信のアーカイブが終了する直前まで、人差し指の指紋が消えるくらい何度も聞き直して覚えた。
 私は楽器の類は何もできない。再現はいつも記憶の中しかない。だから彼が簡単に叩けたのが不思議で仕方がなかった。
 すると彼は困ったように頬をかいて視線を逸らした。

「俺はー……その、一度聞いたものは忘れないんだ。瞬間記憶能力の、音だけバージョン?」
「しゅんかん……?」
「要は、音だけなら一度聞いたらずーっと覚えてるってこと。それに俺は軽音部で、ドラム担当。せめて絶対音感だったよかったのになぁ」

 そう言って彼は言葉を切った。横顔がやけに寂し気に見えたのは、それほどまでに良いものではないと示しているのだと思った。

「……一生、覚えてるってこと?」
「そうだね。小さい頃、家の近くで事故が遭ったんだけど、その時のブレーキ音とか叫び声、全部嫌でも覚えてる」

 音は、目を閉じても耳さえあれば感じられる。人の笑い声や泣き声だけでなく、身の回りにある音すべてが彼にとって苦痛なのかもしれない。