芦名先生が午後から会議に出るため、保健室から追い出されてしまった私は、プリントを持って少し離れた図書室に移動する。非常階段を登って図書室のあるフロアに着くと、大きく息を吐いた。
廊下に出ると、教室からは先生が世界史を熱弁している声が微かに聞こえてくる。チョークで黒板を引っ掻く音がなんだか懐かしく感じた。
どの教室も授業中でよかった。内心ホッと胸を撫で下ろして、足早に図書室に向かった。
司書の先生は居なかった。カウンターの奥にある倉庫で作業しているようで、「何かあったらベルを鳴らして」と書き置きされている。相変わらず室内は静かで、ひっそり誰かが息をひそめているのではと疑いたくなる。抱えるようにして持っていたプリントと鞄をぎゅっと持ち直して、図書室の奥にある机の椅子を引いた。
――たん、たん、たたん。
「……?」
ふと、本棚の奥から不思議な音が聞こえてきた。布の擦れる音――例えるならば、太腿を叩くような鈍く、弾んだ音だ。
誰かいるのだろうか、と荷物を置いて音のする方へそっと近付く。傍に行くにつれ、不思議な音が一定のリズムであの曲を叩いていることに気付いた。
「『Mr.パンプキンパイ』……?」
「……え?」
自分でも気付かないうちに零れた言葉と同時に音が止む。そして本棚の向こうから、そろっと顔を覗かせたのは、こげ茶色の髪をした男子生徒だった。首には有線のイヤフォンを下げていて揺れている。あまりにも唐突でお互い目を丸くして驚いた。
「ひ、ひと……!? 今授業中なんじゃ……、もしかして今の聞いてた?」
「あ、え、えっと……」
困惑しながら次々に訊いてくる彼に私は息が詰まりそうになった。
どこかで見たことがある顔だったけど、誰だったか思い出せない。同じクラスだっただろうか。鉢合わせしてしまったとはいえ、聞いていたの不味かったかな。
――いや、そんなことよりも。
「――っ、み、ミスパプ!」
「へ?」
「な、なんでミスパプを知っているの? しかもドラムパートが叩けるなんてありえない! あれはアズがハロウィン企画の生配信で一度しか出さなかった音源なの! 生配信の切り抜き厳禁で見かけたら全部通告して即削除されていたくらい、管理を徹底していたのに、どうしてあなたがそれを知っているの!?」
『Mr.パンプキンパイ』――通称『ミスパプ』はアズが二年前、ハロウィン企画題したと練習兼お遊びとして作られた楽曲だ。パンプキンパイに扮したお化けが子供たちを驚かせに行って失敗したものの、一緒にハロウィンを楽しむという、ちょっと間抜けで愉快な内容。「歌ってみた」動画を中心に投稿されていた時期だったから、初めて聞いたときに衝撃を受けたのを覚えている。だからこそ、誰もがミスパプの音源を欲しくて欲しくてたまらない。
「一度しか聴いたことないけど、あなたが叩いていたリズムは確かにミスパプだった! あの生配信で即興で友人が叩いてくれたって確かにアズは言ってたのをずっと覚えてる。だってアズが楽曲を作っていることすら驚きで感激したのに、友人と一緒って知った時はエモくて……あ」
廊下に出ると、教室からは先生が世界史を熱弁している声が微かに聞こえてくる。チョークで黒板を引っ掻く音がなんだか懐かしく感じた。
どの教室も授業中でよかった。内心ホッと胸を撫で下ろして、足早に図書室に向かった。
司書の先生は居なかった。カウンターの奥にある倉庫で作業しているようで、「何かあったらベルを鳴らして」と書き置きされている。相変わらず室内は静かで、ひっそり誰かが息をひそめているのではと疑いたくなる。抱えるようにして持っていたプリントと鞄をぎゅっと持ち直して、図書室の奥にある机の椅子を引いた。
――たん、たん、たたん。
「……?」
ふと、本棚の奥から不思議な音が聞こえてきた。布の擦れる音――例えるならば、太腿を叩くような鈍く、弾んだ音だ。
誰かいるのだろうか、と荷物を置いて音のする方へそっと近付く。傍に行くにつれ、不思議な音が一定のリズムであの曲を叩いていることに気付いた。
「『Mr.パンプキンパイ』……?」
「……え?」
自分でも気付かないうちに零れた言葉と同時に音が止む。そして本棚の向こうから、そろっと顔を覗かせたのは、こげ茶色の髪をした男子生徒だった。首には有線のイヤフォンを下げていて揺れている。あまりにも唐突でお互い目を丸くして驚いた。
「ひ、ひと……!? 今授業中なんじゃ……、もしかして今の聞いてた?」
「あ、え、えっと……」
困惑しながら次々に訊いてくる彼に私は息が詰まりそうになった。
どこかで見たことがある顔だったけど、誰だったか思い出せない。同じクラスだっただろうか。鉢合わせしてしまったとはいえ、聞いていたの不味かったかな。
――いや、そんなことよりも。
「――っ、み、ミスパプ!」
「へ?」
「な、なんでミスパプを知っているの? しかもドラムパートが叩けるなんてありえない! あれはアズがハロウィン企画の生配信で一度しか出さなかった音源なの! 生配信の切り抜き厳禁で見かけたら全部通告して即削除されていたくらい、管理を徹底していたのに、どうしてあなたがそれを知っているの!?」
『Mr.パンプキンパイ』――通称『ミスパプ』はアズが二年前、ハロウィン企画題したと練習兼お遊びとして作られた楽曲だ。パンプキンパイに扮したお化けが子供たちを驚かせに行って失敗したものの、一緒にハロウィンを楽しむという、ちょっと間抜けで愉快な内容。「歌ってみた」動画を中心に投稿されていた時期だったから、初めて聞いたときに衝撃を受けたのを覚えている。だからこそ、誰もがミスパプの音源を欲しくて欲しくてたまらない。
「一度しか聴いたことないけど、あなたが叩いていたリズムは確かにミスパプだった! あの生配信で即興で友人が叩いてくれたって確かにアズは言ってたのをずっと覚えてる。だってアズが楽曲を作っていることすら驚きで感激したのに、友人と一緒って知った時はエモくて……あ」