『でもね、今回は単独じゃなくて、ゲストでいろんな方をお呼びした合同ライブになります。その全体のプロデュースを自分が担当することになりました。つまり、この人にこの楽曲を歌ってほしい、とお願いする立場なんです。……本当はもっと細かいんだけどね、ざっくり言うとそんな感じ。もちろん、自分も歌います。ライブに来たことがない人にはぜひ来てほしいな』

「……合同かぁ」

 嬉しいことではあるけれど、と私は肩を落とした。
 確かにアズの単独ライブは何度かあったけど、最近はライブ会場の閉鎖が相次いでいることから、簡単に会場を借りることができない。だから仕方がないことかもしれないと思っていると、『それでね』とアズが続けた。

『チケット代は、会場となるライブハウスへ全額寄付する予定です。実は、この会場は自分が一生、歌っていくことを決めた最初の場所なんです。自分だけじゃない。このライブに参加してくれるアーティストも、この会場に縁のあるメンバーばかりなんだ。大切な場所を失いたくないと、自分の提案に乗ってくれました。歌で誰かを救えるのなら、歌に賭けたいと思ったんです』

 画面が切り替わって、日程と時間、開催場所が表示された。七月七日の一公演のみライブは、都心で有名なライブハウスだった。つい最近ニュース番組で取り上げられていた場所で、オーナーが「時代の流れだから仕方がない」と諦めたように笑っていたのが印象に残っている。

『七月七日――この日に自分はあのライブハウスで、歌で生きていくことを決めました。あまりにも無謀な挑戦に誰もが鼻で笑ったけど、アズの新曲が世に出るたびに「ざまぁみろ!」って思った。それは今も変わらない。これからも鼻で笑った誰かの期待を裏切っていきたい。だからこれは、自分たちにとってはライブハウスのためだけど、やるからにはお客さん皆を元気にしたい。……そのために、自分は歌うよ。これからも、ずっと』

 いつになく真剣な声色で、リスナーに訴えてくる。本気でこのライブに賭けているのだと意気込みさえ伝わってきた。
 ああ、やっぱりアズは真っ直ぐでかっこいい。気付けば自分の頬が緩んでいた。
 参加アーティストは後日開示するといって、今日の生配信は終了する。せっかく温めたカレーは温くなっていた。

「……あれ、まだ食べてたの?」

 電子レンジで温め直してようやく食べ始めたところで、長風呂から戻った母が呆れた顔をしていた。

「また聞いてたのね? アイドル」
「アイドルじゃないよ。アーティスト」
「お母さんには違いが分からないんだけど、歌を歌う人でしょ?」

 ヘッドフォンを外して言い返す。普段から音楽を聴かない母はこういった話題に無頓着だ。冷蔵庫から冷やしておいた麦茶を注いでぐいっと飲むと、母はまた私に言う。

「来年は受験なんだから、程々にしなさいね」
「わかってるもん。でもライブの話が出たから気になって」
「どうせ県外でしょ? そもそも会場どころか、街の人混みで動けなくなるアンタが、一人でライブに行けるの?」

 痛いところを突かれて口をつぐんだ。何も言い返せない。黙った私を見て、母は深いため息をついた。

「普通に学校に通えるならねぇ」

 ――と、嫌味を零してリビングを出て行く。
 しんと静まったリビングに残されたのは、私と食べかけのカレーだけ。もう一度ヘッドフォンをつけてスマホを起動する。先程の生配信のアーカイブが流れ始めると、また温くなったカレーを口に押し込んだ。