「織姫と彦星が会えますように」
 
 祖母が最後に出かけたあの日の朝、私はそう短冊に願い事を書いた。
 
 祖母の日記の存在を母は知らない。
 自分の父親以外の人を大切に思っていたなんて知りたくないだろうと私が隠したからだ。
 
 あの日、自宅の電話で病院から祖母が亡くなった知らせを受け、出先にいた母より早く病院に到着した私は、失意と悲しみで呆然としている中……
 確認するよう渡されたカバンの中から、日記と祖母の誕生日が刻まれたクマのぬいぐるみを見つけたので回収した。
 
 家族のふりをして救急車に同乗してくれた通報者のあの人は、違うことが分かっていたたまれなかったのか……
 事情聴取用に連絡先を残して先に帰った、と看護師さんから聞いた。
 
 そしてお葬式の日、私はあの人に会った。
 
 見た瞬間、すぐに分かった。
 記帳をしてもらう前なのになぜか……
 
 あの日、仏壇に残されていた子育て日記を読んで、あの人に渡そうと用意していた『君の声』という曲が入ったアルバムの音楽データと日記……
 祖母が持っていたクマのぬいぐるみをどうしても渡さなければと強く思った。 
 
 そして、不思議な運命に導かれたような偶然で私と名前が同じだったあの人は、祖母の誕生日に亡くなった……と後日聞いた。
 
 なぜそれを知ったのかというと……
 
 音大で彼に出会ったから。
 
 大学の初日、偶然隣の席で私が落としたペンを拾ってくれた彼……
 
 お礼を言った後なぜかドキドキして恥ずかしくて顔もまともに見られなかったけど……
 勇気を出して自己紹介し、名前の漢字を聞かれたので書くとなぜか笑われた。

 その理由から発覚した共通点に「同じですね」と笑い合い、名字を聞いた瞬間……
 奇跡だと思った。
 
 そして、もう一つの切ない奇跡を知った。

 誕生日と命日……
 始まりと終わりの奇跡……
 
 彼の名前は(はるか)
 名付けたのは父親だが、それを聞いたおじいさんは驚いてお七夜の鯛を落としたという。
 
 そして、お線香をあげに彼の家に行き、仏壇に手を合わせた後に案内されたあの人の部屋で……
 これが運命の出会いなのだと知り、涙が止まらなかった。
 
 私はピアノなんて嫌いだったし、彼は声変わりしてから音楽に興味がなかったのに……
 二人とも『君の声』という曲を聞いて音大に入ろうと思うようになったこと。
 
 私がいなければ伝わるはずがなかった想いと、この世に生まれなかった出会い……
 勇気を出さなかったら通り過ぎ、すれ違っていたかもしれない運命の人……

 そして、もうないと思っていた祖母の日記の最後のページまで読んで、
 今までの全てが繋がった気がした。
 
「このクマ達が会わせてくれたのかな?」
 
 そう言いながらお揃いのクマをそっと握り締めた時……
『ありがとう』と男の子の声がして、誰かの記憶が流れ込んできた。
 
「元気に生まれてきますように」という幸せそうな女の人の声……
「おめでとうなんて二度と言わないで! あの子も言われるはずだった言葉を……なんで私だけが?」という悲しそうな声……
「悠希くんちょっと待って、はいコレ……お誕生日おめでとう」
「ごめんな……あの時あんなこと言うつもりじゃなかったんだ」
「今日は七夕だな~七夕って七月七日の夕方のことを言うんだぜ」
「どうして私は会いたい人に会えなくなるの?」
「行かないで…………明希(あき)!!」
 
それは多分、明希という人の七夕の記憶……
 
 泣いている私をそっと抱き締めてくれた彼と私は、また会う約束をして別れた。
 お揃いのクマのぬいぐるみを、それぞれのお守りにして……
 
 そして帰り際、1月7日に亡くなっていた祖父を発見したという彼から、「届けたかったんだと思うから……」とサクラ色の折り畳み傘も渡された。

 その翌年に迎えた祖母の誕生日に、祖母のクマと一緒にその誕生日プレゼントを仏壇に供えることができたのは、七夕の願いが起こした奇跡かもしれない。
 
 
 結局私は、母に祖母の日記の事を言わなかった。
 
 そして、ある場所に向かいながら、今までの事を思い出していた。
 
 昔、落ち込んでいた私に教えてくれた祖母が支えにしている言葉……

 不思議な事に祖父以外で大切なことを教えてくれた男の人の名前には、みんな数字が順番に入っていたのよ……と笑っていたこと。
 
「これで今日からじいちゃんと全部同じ名前だな」と笑う彼の隣で泣きそうになったこと。
 
 結婚式のウェルカムボードに置いた古ぼけたお揃いのクマ。
 
 難産で気を失っている間に見た、「今度はあなたが幸せになる番だから……」と誰かが赤ちゃんを抱き締めている夢。
 
 目を覚ました朝……
「三田悠希さん?」と呼ばれ、「元気な男の子ですよ」と渡されて抱いた赤ちゃんの重さに……
 一生懸命に泣くその声に……
 涙が止まらなかったこと。
 
 
「……着いた」
 
 お墓の前に、家から持ってきたサクラ色の折り畳み傘とお揃いのクマを置き、みんなで手を合わせる。
 
 今日は、七夕。
 ひーおばあちゃんとあの人の誕生日、そしておばあちゃんの命日……
 そして……
 私達の『(そら)』の誕生日。
 
 事実は小説より奇なりというけれど、まさか本当にそうなるなんて思いもしなかった。
 
『空』という名前は、生まれる前に二人で決めた。
 明希という名前にしようか迷ったが、明希さんは私達を繋いでくれた『君の声』という曲として一度生まれた気がしたから……
 
 祖母を助けて消えてしまったけれど、『空を見上げて』から『明日への希望』が生まれたように、『空』と名付けることで、また生まれてくる気がしたから……
 
 生まれた報告を兼ねて来た、七夕のお墓参り……
 お地蔵様に手を合わせ、掃除をしながら見つけた背中に刻まれた数字を見て、今日が明希さんの誕生日でもあり命日でもあることに気付いた。
 
 もう一つの終わりと始まりの奇跡……
 
 同じ誕生日だったから、あの人のクマに魂が宿ったのだろうか?
 
「空? 君の声を初めて聞いた時、懐かしい感じがした理由、分かったよ」
 
 この子はもしかしたら、明希さんの生まれ変わりなのかもしれない。

 自分の幸せよりも私達の幸せを願って消えていった明希さんの……
 
 そして、私と彼はこの子をこの世に迎えるために出会ったのかもしれない。
 
高い高いをせがむ今日で1歳になる息子……
『空』を見上げながら、そう思った。
 
 
『最後の日記』のおかげで気付いた、『誕生日』を迎えた『君の声』を聞くことができる幸せ……
 
 空を見上げて気付いた、
 時を超えて届いた、
 祖母が伝えたかったこと……
 
思いはいつか伝わる、
願いはいつか叶う、
たとえ今すぐ伝わらなくても、
生きているうちに叶わなくても、
諦めなければ、願いを託せば、
巡り巡って未来の誰かが……
 
たとえ時代や場所が違っても、
見上げた『空』が想いを繋いでくれるから……
 
 もしかしたら昔、学校で叶うはずがないと笑われた『世界中の人達が幸せになりますように』という願いも、いつか叶うかもしれない。
 
 届くはずないと思っていた遠い空に浮かぶ月まで届いたように……
 今すぐに叶わない願いでも、遠い未来の子供達が叶えてくれることを信じて……
 
 これから日本が……世界がどうなっていくのか誰にも分からない。
 でも、どんなにすれ違ったり、絶望的なことがあっても、

 お互いを理解しようと歩み寄ること……
 いつか届くと信じて思いを伝えること……

 何も無くなった場所でも、『明日(あす)への希望』を信じて、これから生まれる沢山の奇跡の出会いをくれた人達がいたように……
 誰かの幸せを願い、未来の自分を信じて、最後まで生きることを諦めてはいけない、と思った。
 

 この世は奇跡でできている。
 そうして命は繋がっていく……
 
 もしも願いが叶うなら、
 あなたは何を願いますか?

 七夕に本当にあった出来事が織り成した、
 奇跡のような物語……
 
 この世界のどこかにいるあなたに、
 日記の最後(暗号)言葉(答え)を贈ります。
 
「誕生日おめでとう」

あ○○○○○
え○○○○
て○○○○○○○
よ○○○○○○
か○○○○○
っ○○○○○○
た○○○○○○○○○○○○