「いやあ、助かったぜ。ありがとうな、姉ちゃん!」
「元気になったなら、それは良かった」



 ――数時間後。
 私の小屋にある小さな客間には、自分を含めて三人の姿があった。
 言わずもがな、先ほどの一件で助けた二人である。従者――ニアの方は正座をして、出された薬湯をチマチマ飲んでいた。対して主のケイロンは胡坐をかき、豪快に一気飲みして笑顔で言う。



「うん! 不味い!!」
「それはまぁ、美味いものじゃないからね」
「いやいや、それにしても程度があるだろう?」
「良薬口に苦し、ということだよ」
「素っ気ねぇなー……」



 この青年には、忖度や遠慮というものがないのか。
 私は自分の分を口にしながら、彼のことを改めて観察した。
 金色の髪に、蒼の瞳。ヤンチャな印象ながらも、見目麗しく美形と言わざるを得なかった。背も高くしっかりと鍛えているので、女性からの人気も高いだろう。
 そんな彼は小屋の内装が気になるのか、こんなことを訊いてきた。


「姉ちゃんは、ここに一人暮らしなのか?」
「ん、そうだね。もう何年になるか、分からないよ」
「ふーん……?」


 その上で、おかわりした薬湯を一口。
 やめればいいのに、また眉をひそめていた。


「それだったら、こんな噂を聞いたことはないか」
「噂……?」



 そして、ふと思い出したようにこう訊いてくる。






「不老不死の魔女が、この森に住んでいる……って話だ」――と。






 無邪気な声色とは裏腹に、視線は鋭い。
 私はほんの少しだけ肝が冷えたが、表情に出さず応えた。


「あぁ、それなら……」




 隠す必要もない。
 ただ、また避けられるだけだから。





「私のこと、だね」――と。






 その答えを口にして、しばし小屋の中には沈黙が生まれた。
 ケイロンは私を値踏みするように見てから二度、三度と頷く。そして、



「やっぱりな」



 あっけらかんとした表情で、そう言うのだった。
 私は一つため息をついて訊ねる。



「それで……? もしかして、村人の依頼で討伐にきたのか?」



 それは、もう慣れてしまった内容だった。
 私は魔女として恐れられている。したがって薬を受け取りながら、快く思わない者が刺客を送りつけてくる。こういったことは、今まで幾度となく繰り返してきた。
 今回もどうせ、似たような話だろう。
 そう思って私はケイロンを見て、ハッキリと伝えた。



「なにをしても、意味はないぞ。私は死なないからな」



 たとえ、剣で心臓を貫かれようと。
 たとえ、水の中に沈められようと。
 たとえ、火の中で燃やされようと。


 私は死なない。
 この『呪い』は、いまだかつて破られたことはなかった。
 だから、前もって忠告するのだ。


 なんの意味もないのだ、と。
 私はこれからも一人で生きていくし、変わることはない、と。





「あー……」
「……どうした?」





 そう思って、彼を見たのだが。
 どうにもケイロンは、難しそうな表情を浮かべるのだった。
 私はその意味が分からずに首を傾げると、青年はようやくこう口にする。




「最初はたしかに、そういう依頼だったんだけどさ。ちょっとばかり、都合が変わったというか?」
「なんだ、それ」
「いやー……。これが、なかなか言いにくいんだけどさ――」




 私は間に耐え切れず、薬湯を一口。
 その瞬間だった。




「――俺、姉ちゃんに惚れちまったみたいなんだわ」
「ぶふううううううううう!!」





 ケイロンが、爆弾発言を放ったのは……!


「な、ななななな!?」



 私が目を白黒させて見ると、そこには至って真面目な表情の彼がいた。
 真っすぐにこちらを見据える眼差しに、嘘偽りはない。
 無邪気な風体のために、それがよく分かった。



「なぁ、姉ちゃん。こんな森捨てて、俺と一緒に王都にこないか?」



 困惑する私を余所に。
 ケイロンは、真剣な口調でそう言うのだった。



「森の魔女は行方をくらまし、一人の優秀な解毒師を連れ帰った。それだけで、すべての話が丸く収まるだろう?」



 有無を言わさない口調で。
 しかし、私は唇を噛みながら答えるのだった。







「すまないが、断る……」――と。