「初音、こちらへ」

 雪為にはもう、初音のもとまで歩いていく体力さえ残っていないのだろう。

 その事実が初音の胸を痛めつける。苦しそうに顔をゆがめて、初音はよろよろと彼に近づく。

 枕元に初音が腰をおろすと、雪為はゆっくりと手を伸ばし彼女の頬に触れた。

「初音は……温かく、美しいな」
「雪為さま、雪為さまっ」

 初音は自身の頬に添えられた彼の手をぎゅっと握り、大粒の涙をこぼした。

「お前の言うとおり、俺は最低の男だ。苦しみをお前に押しつけて、自分だけ楽になろうとしている」

 初音はぬれた瞳でじっと雪為を見つめる。

 一瞬一瞬を決して見逃さないように、そんな気迫のこもった眼差しだ。

「だからな、最低な男のことはさっさと忘れて……これからもたくさんの〝好きなもの〟を探せ。お前と成匡の一生が〝好きなもの〟であふれることを、俺はあの世で願うから」

 雪為は言う。

「生きろ、初音」

 強い声だった。彼の魂を懸けた、祈り。

 だが、初音も負けてはいない。まっすぐに、射貫くような眼差しで雪為を見る。

「生きるってなんなのでしょう? 無為にときを過ごすことではないでしょう?」

 初音は全身全霊で訴えている。

 雪為に、ともに生きてほしいのだと。

「あなたなしの百年よりあなたと過ごす一日が、私にとっては生きるということです!」