帝都トウキョウ。

 すっかり洋装の婦人が増えてきたこの場所で、彼女は今も朱赤の着物を着ていた。

 手を引かれている成匡はすっかり歩くのが上手になっていた。失敗して転げ落ちていたあの日が嘘のようだ。

「かかさまは、ここが好き?」

 私の知らぬ間に言葉も達者になっている。

 初音はすっかり健康になった、ふっくらとした頬を緩めて成匡を見つめる。

「あぁ、毎日来るからそう思ったのね。成匡は賢いなぁ」

 初音はあいかわらず少女のようだ。いたずらを見とがめられた子どものように、ぺろりと舌を出して困ったように眉をさげる。

「この場所は大好きだけど……大嫌い」

 いつか雪為と来た日のことを思い出しているのだろう。ふっと初音は苦笑を漏らす。

「好きも嫌いもわからなかった私が、ずいぶん人間らしくなったよね」

 ありとあらゆる人間らしい感情を、初音は雪為から教えてもらった。

 今、彼女の心を占めるのは……未練。これもまた、人間らしい感情のひとつだ。

「馬鹿よねぇ。新しい命姫が見つからなければ……もう一度、彼が迎えに来てくれるんじゃないかって心のどこかで期待してる」

 不思議そうに目を丸くして、成匡は母親を見あげる。

 初音は自分を恥じるような顔で、ゆるゆると首を横に振った。

 再会を願う気持ちは、雪為の衰弱を期待しているのと同じこと。

「ダメね。好きな人の幸せをちゃんと願えないなんて」