雪為の肩に、大きな黒い影がへばりついている。

 それは日々少しずつ膨れあがって、いつしか彼を丸ごとのみ込むだろう。

 雪為はもうじき死ぬ。

 人間の死など、数え切れぬほどに見てきた。

 それなのに、どうしてか、私の心にひやりと冷たい風が吹き抜けた。

 はるか遠い過去、『巴』と呼ばれた頃には、なじみのあった感覚だ。

 サミシイ。

 とうの昔に忘れたはずの人間の感情がふいに胸に迫ってきて、私を苦しめる。

 生まれたばかりの頃からずっとそばで見守ってきた。

 この男だけが、私の存在を認識してくれた。

 こんなふうに愛されたかった、守られたかった。

 雪為がこの世を去るのは、サミシイ。

 私は後ろ足を力強く蹴って駆け出す。

「おい、ネコ。どこへ行くんだ?」

 雪為の問いかけを無視して、走った。

 異形なのに、本物の猫ではないのに、胸が詰まって息苦しさを覚えていた。