『あぁ、それがいい。巴本人には絶対に知られるなよ。逃げられでもしたら、面倒だ』

 冷たい手で心臓を握られたような心地がした。

 私の愛する男は、これほど残酷な声を発することができたのか。

『わかっております。命姫がいれば、より多くの客を視られる。それだけ先見家に利がありますからな』

――知って、いたのね……。

 そして、私とは真逆の理由から、この事実を私には悟られまいとしている。

 あの瞬間の衝動は、悲しみとも怒りとも少し違う。

『あぁ、私たちの真実はこんなものだったのか』

 命を懸けた恋だと信じていたものは、薄っぺらい偽物だった。

 そのことに私は深く絶望した。

 もう目の前の男への愛など、かけらも残ってはいない。男も、彼を愛した記憶も、綺麗さっぱり忘れてしまいたいのに……屋敷を逃げ出そうとした私を、彼はとらえて地下牢に閉じ込めた。

 生贄として過ごした人生最後の数年は、もう思い出したくもない。

 薄暗い地下牢で、美しかった私の肉体はゆっくりと朽ちていった。

 怨念めいた感情などはなかったと思うのに、身体が大地に返っても、私の魂はこの場所にとどまり続けた。

 いつしか異形となり、望んでもいない永遠を手に入れた。