その瞬間、ドスンという音がして「う、うやぁ~。あぎゃ~」と成匡がけたましい泣き声をあげた。

 屋敷中に響き渡るような大声だ。

「だ、大丈夫か?」

 雪為が慌てて彼のもとへ駆けていく。

 つかまり立ちができたことに得意になって手を離したら、バランスを崩して縁側から庭に転げ落ちてしまったらしい。

 庭には草木がしげっているので大事はないだろうが、驚いたのか痛かったのか、成匡は顔を真っ赤にして叫び続けている。

「こっちへおいで、成匡。冷やしてあげるから」

 初音は雪為から息子を受け取ると、優しい笑みを向けた。

「着物が汚れてしまったので、着替えもさせてきますね」

 軽く頭をさげると、成匡を抱いて長い廊下の奥に消えていった。

 丸くなって寝ている私のもとに、雪為がやってきてかがみ込む。

 彼が何を言わないので、私も素知らぬふりを続けていた。

 ややあってから、「なぁ、ネコ」と彼が言った。

「命姫とは、なんなのだろうな」

 私に話しかけているというよりは、ひとり言に近い雰囲気だ。その声は心許なさそうに、かすかに震えていた。

 この男は、本当に気づいていないのだろうか。それとも、あの男と同類か――。

 ――命姫とは〝生贄〟のことだ。