初音は迷うそぶりすら見せずに、すっぱりと返事をする。

「望まないです、まったく」

 皮肉めいた笑みを浮かべ、雪為は吐き捨てた。

「いい子ちゃんだな」
「だって、あの家が不幸になって、私になんの利があるのです? それで幸福になれるわけでもあるまいし」

 彼女は本気で不思議がっている。

 私は……このときばかりは彼女に同情した。

 初音は、好きも嫌いも憎いも……人間が自然に持つべき感情を知らずに育ったのだろう。

 ただただ死を待つだけの、空虚な人生。

 雪為も同じことに思い至ったようだ。苦しげに顔をゆがめ、唇をきつくかみ締める。

「俺もな、どちらかと言えばお前と同類の人間で……偉そうなことは言えぬが、見て心がときめくもの。それを好きと言うんだ」

 教えをこう生徒のように、初音は神妙な顔でうなずいた。

「見て、心がときめく……」
「あぁ。探してみろ」

 初音の瞳がゆっくりと動く。

 帝都トウキョウが、そして雪為が、彼女の瞳に映し出される。

 そうして、初音はふわりと花がほころぶような笑みをこぼした。

「見つけました、ひとつ!」

 かすかに目を見開く雪為に、初音は歌うような声音で告げる。

「この景色。雪為さまの隣で見る景色が、私が初めて好きになったものです!」