女性がよろこぶ物言いを知らぬ彼は、そんなふうに言って、また初音の表情を曇らせる。

「それが本当に……わからないのです」
「食べ物でもなんでもいいぞ。なにが好きだ?」

 初音は恥じるように身を小さくして、ぽつりとこぼす。

「好きも嫌いもわかりません。私が幸せになる方法は死ぬことだと……そう言われて育ちました。冬になって風邪をこじらせたときなど、これで幸福が訪れるのかと期待するのですが……困ったことにこの身体はずいぶんと丈夫でして」

 雪為の眉間に深いシワが刻まれ、黒い瞳の奥に静かな怒りが揺らめき立つ。

 初音といるときにはあまり表に出てこないが、雪為の本質は情け容赦のない冷たい男だ。

 ぞっとするほど冷酷な声で彼は言う。
 
「跡形もなく消し去ってやろうか」
「え?」
「お前が望むなら、紫道家などグチャグチャに踏みつぶしてやってもいい」

 初音はきょとんとしている。目をパチクリさせている彼女に、雪為は決断を迫った。

「どうする? 望むか、望まないか」