雪為の制止も聞かずに、初音はスタスタと去っていく。

 彼女が消えた途端に、彼女の繭に閉じ込められていた異形たちがいっせいに解き放たれた。

 やいのやいのと騒ぎ出す彼らの声と呆気に取られたような雪為の顔。

 私はゴロゴロと喉を鳴らす。

 これはいい退屈しのぎになりそう、そんな楽しげな予感がした。

 それから一週間後。

 着の身着のまま、初音は東見の屋敷にやってきた。

 多少身なりを整えたところで、貧相なことに変わりはない。まぁ、前回会ったときの糞尿の匂いが消えただけでも、いくらかマシになったと言えるかもしれない。

 雪為の私室で、ふたりは師と教え子のように正座で向かい合っている。

「異形を包む力……えっと、なにかの間違いだと思いますよ。自慢じゃないですが、私はなにひとつ取り柄がなくて」
「命姫は自分の力を知らない。そういうものらしい」
「はぁ……」

 初音は半信半疑、いや、雪為の頭のネジがちょっと緩んでいると思っているようだ。

 雪為は着物の衿を正しながら、端的に説明する。

「多くは望まない。欲しいものはなんでも買ってやるし、間男を何人作ろうが好きにしろ。ただ、俺が客を視たあとは、しばらくそばにいてくれ。お前に望むことはそれだけだ」

 雪為の妖力は高い。平常時なら異形に生命力を吸われることもないのだが……〝先見(さきみ)〟をした直後はとんでもなく消耗する。その機を狙って、異形たちは彼に襲いかかるのだ。

「それでしたら、妻にする必要はないのでは? 通いでそのお仕事のみ請け負いますよ」

 ぐうの音も出ない正論を初音は返す。だが、東見には東見の正論がある。

「命姫を見つけたら妻にする。東見ではそれが慣例だ。あぁ、それにもうひとつ大事な頼みもある」
「なんでしょう?」

 小首をかしげる初音に、彼は照れるそぶりもなくはっきりと告げる。

「俺の子を産め。命姫の血を継ぐ子は力が強い、そういう言い伝えがある」

 初音は露骨に顔をしかめる。眉根を寄せて、かさついた唇をかんでいる。その様子をみとめた雪為はややムッとした顔になる。

「なんだ? 俺に抱かれるのが嫌なのか。女にそんな反応をされるのは、初めてだな」
「いえ、そうではなく……あ、誤解しないでくださいね。抱かれたいわけでもありませんけど」

 私は思わず噴き出してしまいそうになった。初音のことは、嫌いじゃない。