ときはメイジ。帝都トウキョウにまた春が巡ってくる。

 ねぇ、知ってる? 

 春は……死の季節なのよ。

 初々しくほころぶ花々、健やかに伸びゆく若木。その圧倒的なまぶしさの陰で、ひっそりと朽ち、忘れられていく無数の命がある。

 人間だって同じこと。どんな栄華を誇ろうと、いずれ舞台を去る日が来る。

 あぁ、なんて無情なのかしら。

 でも、だからこそ春は美しいの。屍たちのなけなしの生命力を吸い尽くし、艶然とほほ笑む。人々はその残酷な美に魅了され、陶酔する。
 
「おい、ネコ」

 自分にかけられた声に、私はついと顔をあげる。サービス精神で「にゃあん」という愛らしい声もつけてあげた。

 そう、吾輩は猫で――。

「小賢しい。猫のモノマネなどするな」

 彼は精緻に作られた彫刻のような顔をゆがませて、ふんと鼻を鳴らした。

 艶やかな黒い髪、男の色香がにじむ切れ長の双眸。抹茶色の和服は、麗しい美貌を持つ彼にとてもよく似合う。

 東見(さきみ)雪為(ゆきなり)、現在の東見家当主だ。顔立ちは極上だけれども、愛想のないおもしろみのない男。けれど、異形を視る妖力はずば抜けている。

 なにせ、何十人と見守ってきた歴代当主のなかで、私の正体を見破ったのはこの男だけなのだから。