◆◇
彼女を思い出せなくなってから2週間、僕と二品さんは様々なことを試してみた。
「実織はよく、この図書館に来て物語を書いていたのよ」
「へえ……」
二品さんが町の中で、彼女が気に入っていた場所を次々と紹介してくれた。
実織はね、周りをよく見る人だったの。
周りの木や、建物や空を見て、きっと何かを感じていたと思うの。私たちには感じることのできない彩りのある世界。
それから、ここの川辺も好きだったわね。
そうやって、二品さんはあらゆるところを指さし、時折涙を浮かべながら、僕に思い出を語ってくれる。
でも、何を見ても、何を聞いても、方條実織のことを思い出せなかった。二品さんの語る彼女はとても純粋で、澄んだ心の持ち主のようだった。僕はそんな、美しい心の持ち主と友人だったのだろうか。心を許し合い、悩みごとさえも打ち明け、日々過ごしていたのだろうか。
「ごめん、やっぱり分からないや」
一生懸命彼女について教えてくれた二品さんに申し訳ないと思いつつ、僕は立ち止まる。
「そう……。まあ、無理に思い出そうとしなくてもいいよ。そのうち、思い出すわ」
二品さんはとても優しい人だ。親友を失って悲しいはずなのに、僕に気を遣ってくれるのだから。
「本当にごめん。早く思い出せるよう頑張るよ」
「ううん、いいの。それじゃあまた明日ね」
彼女は小さく手を振って帰ってゆく。その去ってゆく背中を見ていると、申し訳ない気持ちと、方條実織を思い出せないやるせなさで胸が裂けそうになった。
二品さんの姿が見えなくなって、僕も家路につく。
日が完全に落ちる前の、朱色に染まる空を眺めながら歩く。こういう空を、「綺麗」というのだろう。誰かと分かち合いたいと思うのだろう。僕が共有したかった相手は、脳内から消えてしまった。
頭が痛くなるほど実織について考えながらある場所に辿り着くと、自分でも分からないままに足を止めてしまった。
そこは、いつも目にする公園だ。特に変わったものがあるわけでもないのに、なぜかその場所に引き寄せられて、砂利を踏みながら公園の中に入った。
僕は二人掛けの椅子に腰かけ、辺りを見回す。
小さな滑り台とブランコがある。今は子供も大人も誰もいなくて、ブランコだけが風に吹かれて小さく揺れている。
そういえば、小さい頃によく遊んでたなと懐かしく思って、ブランコの方へ歩いていき、その鎖に触れてみた。何年も使われて鎖は錆びていたが、その感触さえも懐かしい。
その時だった。
不意に、ブランコと、揺れる少女の足が脳内にフラッシュバックした。
頭の中で、何かがパチンと弾ける音がした。
「あれ……」
何か、とても愛おしいものの気配がしたのだ。
そうだ、これは……。
覚えている。
頭では忘れていた彼女への愛しいという感情が、叫んでいる。
ねぇ、敬貴くん。
私、作家になるわ。
そしていつか、“最愛の幸い”を書くの。
あのとき、嬉しそうにそう言った彼女の声を、言葉を、はっきりと思い出した。
「実織……」
ポツリと、彼女の名前が口から洩れた。
どうして忘れていたのだろう。
あれほど一緒にいた彼女のことを、忘れるはずはなかったのに。
嬉しさと同時に、言いようもない悔しさに襲われた。
ごめん、実織。
何もかも思い出したよ。
きみの優しさも、温もりも、作家志望だったことも。
彼女を思い出せなくなってから2週間、僕と二品さんは様々なことを試してみた。
「実織はよく、この図書館に来て物語を書いていたのよ」
「へえ……」
二品さんが町の中で、彼女が気に入っていた場所を次々と紹介してくれた。
実織はね、周りをよく見る人だったの。
周りの木や、建物や空を見て、きっと何かを感じていたと思うの。私たちには感じることのできない彩りのある世界。
それから、ここの川辺も好きだったわね。
そうやって、二品さんはあらゆるところを指さし、時折涙を浮かべながら、僕に思い出を語ってくれる。
でも、何を見ても、何を聞いても、方條実織のことを思い出せなかった。二品さんの語る彼女はとても純粋で、澄んだ心の持ち主のようだった。僕はそんな、美しい心の持ち主と友人だったのだろうか。心を許し合い、悩みごとさえも打ち明け、日々過ごしていたのだろうか。
「ごめん、やっぱり分からないや」
一生懸命彼女について教えてくれた二品さんに申し訳ないと思いつつ、僕は立ち止まる。
「そう……。まあ、無理に思い出そうとしなくてもいいよ。そのうち、思い出すわ」
二品さんはとても優しい人だ。親友を失って悲しいはずなのに、僕に気を遣ってくれるのだから。
「本当にごめん。早く思い出せるよう頑張るよ」
「ううん、いいの。それじゃあまた明日ね」
彼女は小さく手を振って帰ってゆく。その去ってゆく背中を見ていると、申し訳ない気持ちと、方條実織を思い出せないやるせなさで胸が裂けそうになった。
二品さんの姿が見えなくなって、僕も家路につく。
日が完全に落ちる前の、朱色に染まる空を眺めながら歩く。こういう空を、「綺麗」というのだろう。誰かと分かち合いたいと思うのだろう。僕が共有したかった相手は、脳内から消えてしまった。
頭が痛くなるほど実織について考えながらある場所に辿り着くと、自分でも分からないままに足を止めてしまった。
そこは、いつも目にする公園だ。特に変わったものがあるわけでもないのに、なぜかその場所に引き寄せられて、砂利を踏みながら公園の中に入った。
僕は二人掛けの椅子に腰かけ、辺りを見回す。
小さな滑り台とブランコがある。今は子供も大人も誰もいなくて、ブランコだけが風に吹かれて小さく揺れている。
そういえば、小さい頃によく遊んでたなと懐かしく思って、ブランコの方へ歩いていき、その鎖に触れてみた。何年も使われて鎖は錆びていたが、その感触さえも懐かしい。
その時だった。
不意に、ブランコと、揺れる少女の足が脳内にフラッシュバックした。
頭の中で、何かがパチンと弾ける音がした。
「あれ……」
何か、とても愛おしいものの気配がしたのだ。
そうだ、これは……。
覚えている。
頭では忘れていた彼女への愛しいという感情が、叫んでいる。
ねぇ、敬貴くん。
私、作家になるわ。
そしていつか、“最愛の幸い”を書くの。
あのとき、嬉しそうにそう言った彼女の声を、言葉を、はっきりと思い出した。
「実織……」
ポツリと、彼女の名前が口から洩れた。
どうして忘れていたのだろう。
あれほど一緒にいた彼女のことを、忘れるはずはなかったのに。
嬉しさと同時に、言いようもない悔しさに襲われた。
ごめん、実織。
何もかも思い出したよ。
きみの優しさも、温もりも、作家志望だったことも。



