雨が降っていた。
 雨の音で会話が途切れるくらい強くて沢山の雨が降り注いでいた。
 「梨久、父さんの忘れ物一緒に届けに行こ」
 「えぇ嫌だよ。母さん1人で行ってよ」
 「1人じゃ寂しいじゃない。ほら、行こ」
 やりかけのゲームを荒々しく放り投げて
 明らかに不機嫌な態度で傘をさす。
 雨で母さんの声はほとんど聞こえないし
 土砂降りすぎて前もあんまりよく見えない。
 雨は靴、靴下を貫通して足を歩いて5分でびっちょびちょにした。
 あー最悪。なんで僕も一緒に行かなきゃいけないんだよ。
 イライラして母さんの前をスタスタ歩く。
 「梨久! 危ない!!」
 そう聞こえた時には世界はスローモーションで大きなトラックがクラクションを鳴らして僕に迫ってきた。
 強い衝撃を受けて眼を瞑った。
 次眼を覚ますと、知らない天井。
 ボンヤリする視界の中で誰かが顔を覗き込んでくる。意識に五感が追いついてくる中でだんだん周りが騒がしくなってきたことを感じる。
 「如月 梨久君だね? 何があったか覚えてるかな」
 その質問を皮切りに色んな検査が行われている。ここが病院だと気づいたのはその検査の途中くらいの事だった。
 「左腕は一刻を争う状況だった為にやむを得ず切断させてもらったよ。本当に申し訳ない」
 目の前の医者に深々と頭を下げられる。
 今は自分の腕なんてどうでも良かった。
 そんな事よりも
 「あの、母さんは」
 医者や看護師が眼を見合わせてから俯く。
 案内された部屋は霊安室
 そこには白い布を被った母さんと立ちすくむ父さんが居た。
 赤信号を渡ろうとした僕にトラックが突っ込み僕を庇って突き飛ばした母さんはトラックの下敷きになって死んだ。僕は腕がトラックに巻き込まれたものの命に別状はなかったと言う。
 「忘れ物をした俺が悪かった」
 母さんの前でこちらを振り返らずに父さんが言った。
 それを聞いて身体の中から湧き上がる何かを僕は抑えることが出来なかった。
 「僕のせいだろう。僕を攻めろよ! 」
 初めてこんなに声を張り上げた。
 でも父さんは「俺のせいだ」それだけ呟いてその場を後にした。