***
青春はもう来ないものだと思っていた。元カノと付き合ったのも、あの子と過ごした時間も、ぜんぶ意味のないものだと思っていた。
だけど、少しずつ遅れながらも《本当の青春》を取り戻している今なら、気がつくことが出来る。
僕は、あのとき、青春なんてしていなかった。恋心をなにか別のものと勘違いしていただけだった。芽生え始めていた欲望がただ恋心に変わっていただけだった。
もし、今後、あの子よりいい人がいれば、今度こそ、ちゃんと「好き」になれるのだろうか。
***
その日の夜。僕はオクさんに今日はありがとうという趣旨のメッセージを送っていた。
オクさんからの電話がなければ今日という日を楽しむことはなかった。
見慣れた自室のベッドに腰掛けながら、メッセージを打つ。
出来上がった文字の羅列に誤字や脱字はないか確認してから、送信した。こうして、いちいちメッセージを送るのにも誤字や脱字を確認するのは執筆をしているからだろう。もうくせになっている。
ところで、僕とオクさんは、幼稚園からの付き合いだ。
幼い頃の記憶なんてほとんどないが、当時から僕らは仲の良い友人だった。
ピュアな心のまま年少組から三年間を過ごし、小学校は別々になり、それからの六年間はお互いのことは頭から抜けていた。
だが、中学三年生になってからまもなくして、同じクラスの浮世絵好きの男子生徒が同じ幼稚園の友人だったことを認識し、そこから、僕らはまた仲良くなった。
そして、今に至るのだ。
オクさんは、なにかと要領がよく、僕には少し勇気がいることでもサラッと自然にやって見せる。
そして、兄貴のように誰に対しても面倒見がいい。
こんな人間に憧れている。かつて、なりたかった、優しくて誰からも頼られる自分に。
でも、それはオクさんだから出来ることで。
僕は出来ないことだから──と今までの僕なら諦めていてひねくれていただろう。
でも、違う。そうじゃないと思うんだ。
誰からも好かれる人なんていないから一人の人間に多くの信頼を集められる人間になる。
それが、この日からできた自分の新しいルールだ。
《一人に多くの信頼を集める》これがこれからの高校生活に大きな変化を訪れさせたことには間違いなかった。
僕はその日、新たな誓いと共に眠りにつき、朝起きてからというもの、行く場所があるということに僕は満足と幸福を感じていた。
かつて、中学校もやることがあったから嫌になっても行けていたというのがあるのだろう。
一年目は野球のために。
二年目はあの子と仲良くなるために。
三年目はバンド仲間やオクさん、師匠やだんちょーたちと他愛もない会話のために。
だから、どれだけ陰口言われていたことをかつての親友から伝えられても落ち込んだりしなかった。学校にいけない、そんなことは一日もなかった。
そんなことを考えていると、ここで僕はあの子がかつて学校に行けない日が増えたことを思い出した。
あの日、傷つけてから、数日後。あの子はよく授業の途中から学校に来ていたり、休んでいた日が多かった。
あの子を、学校という日常生活まで支障がでるほど心を追いつめてしまった。
でも、自分はそんなのはない。
この差は男女のメンタルの強さの差か。それとも、僕が犯した最低な罪は、皆これを恐れていたんじゃなかったのか。
──日常生活に支障がでるほど追いつめる。
先ほどあったはずの満足感と幸福感はどこかへ消えていってしまった。人は大きかった感情が消え去ると心がからっぽにならないように感情をはめこもうとする。
朝ご飯を食べていないにも関わらず襲いかかってくる猛烈な吐き気と自らの罪に対する怒りと苦しみが鈍い頭痛と共にやってくる。
──ただ、僕はなりたい自分になりたかっただけだ。
──ただ、僕は心から好きな人ができただけだ。
でも、そんな自分勝手なことしか考えていないからどうなった?
チームの輪を乱して、部活動にいる意味がなくなっただろ──
自分よりも大切な女の子を悲しませて日常生活に支障をきたすほどの傷を負わせて、信頼も失っただろ──
……なにを勘違いしているんだろう。
僕にこれから青春なんて訪れるはずがないのに。
たった昨日一回オクさんたちと遊んだだけで青春を感じている……なんてことはしない。そんな思い込みは絶対にしない。
そうだよな。だって──思い込んで誰を傷つけるか僕は知っているから。
「おーい、アンタ朝ご飯いらんの? ……ってどした? 顔色悪いな」
僕が現実に返ってきたのは母の声だった。いつの間にか部屋に入ってきていたらしい。体調が悪そうな息子を心配そうに見ている。
「……大丈夫だよ。ちょっと嫌な夢を見ていただけだから」
「あ~、ここ数日寝言が多いからなぁ。ずっと『ごめんなさい。傷つけないから』って言ってるし。部活やってた頃の私かよー」
母にくしゃっと頭を撫でられ、息子の僕はそれが慰めだと感じた。
昔から僕が泣いたときや不安になったときは髪の毛を撫でてくれたのを感覚で覚えている。
それにしても、寝言にでてるのか。今日は夢を見ていないけど、アイツを傷つけ、あの子を悲しませて、彼を怒らせて全てを失った後にもしかしたらあったかもしれない四人で仲良くする高校生活が夢にでてくることがある。
鮮明に、何度もリピートするように酷いときには自分の意識がはっきりしているときにその夢が流れるときがある。そして動きたくても流れ通りになってしまう夢に涙を流すのだ。
「とりあえず、早くリビングに行ってご飯食べな。最近パンばっかり食べてるやろ? ちゃんとお米も食べないと」
「……夜に食べてr──」
「へ理屈はいいから」
僕の意見を一刀両断する母。なにこれ話も聞いてもらえないの悲しい。
しかし、この会話で幾分か心は追い付いた。やはり、母親の包容力は偉大だ。これに勝るものはない。そう少し思うほど感心させられた。
リビングに向かって、久しぶりの白米を食べる。炊きたての甘い米粒は噛めば噛むほど甘みがでて一緒に食べていた目玉焼きやのりのつくだ煮を食べる手がとまらない。
「ごちそうさまでした」
久しぶりに食べたちゃんとした朝ご飯。
正直、卒業してから燃え尽き症候群のようになり、朝は食欲があまりでず、食パン一枚やスティックパン四本程度でお腹がいっぱいだった。
けれど、今日は久しぶりに、それこそ野球をやっていた頃のようにご飯をたくさん食べることができた。
少しずつ、当たり前の日常と青春を取り戻しつつある。そんなことを意識し始めるきっかけとなった朝だった。
青春はもう来ないものだと思っていた。元カノと付き合ったのも、あの子と過ごした時間も、ぜんぶ意味のないものだと思っていた。
だけど、少しずつ遅れながらも《本当の青春》を取り戻している今なら、気がつくことが出来る。
僕は、あのとき、青春なんてしていなかった。恋心をなにか別のものと勘違いしていただけだった。芽生え始めていた欲望がただ恋心に変わっていただけだった。
もし、今後、あの子よりいい人がいれば、今度こそ、ちゃんと「好き」になれるのだろうか。
***
その日の夜。僕はオクさんに今日はありがとうという趣旨のメッセージを送っていた。
オクさんからの電話がなければ今日という日を楽しむことはなかった。
見慣れた自室のベッドに腰掛けながら、メッセージを打つ。
出来上がった文字の羅列に誤字や脱字はないか確認してから、送信した。こうして、いちいちメッセージを送るのにも誤字や脱字を確認するのは執筆をしているからだろう。もうくせになっている。
ところで、僕とオクさんは、幼稚園からの付き合いだ。
幼い頃の記憶なんてほとんどないが、当時から僕らは仲の良い友人だった。
ピュアな心のまま年少組から三年間を過ごし、小学校は別々になり、それからの六年間はお互いのことは頭から抜けていた。
だが、中学三年生になってからまもなくして、同じクラスの浮世絵好きの男子生徒が同じ幼稚園の友人だったことを認識し、そこから、僕らはまた仲良くなった。
そして、今に至るのだ。
オクさんは、なにかと要領がよく、僕には少し勇気がいることでもサラッと自然にやって見せる。
そして、兄貴のように誰に対しても面倒見がいい。
こんな人間に憧れている。かつて、なりたかった、優しくて誰からも頼られる自分に。
でも、それはオクさんだから出来ることで。
僕は出来ないことだから──と今までの僕なら諦めていてひねくれていただろう。
でも、違う。そうじゃないと思うんだ。
誰からも好かれる人なんていないから一人の人間に多くの信頼を集められる人間になる。
それが、この日からできた自分の新しいルールだ。
《一人に多くの信頼を集める》これがこれからの高校生活に大きな変化を訪れさせたことには間違いなかった。
僕はその日、新たな誓いと共に眠りにつき、朝起きてからというもの、行く場所があるということに僕は満足と幸福を感じていた。
かつて、中学校もやることがあったから嫌になっても行けていたというのがあるのだろう。
一年目は野球のために。
二年目はあの子と仲良くなるために。
三年目はバンド仲間やオクさん、師匠やだんちょーたちと他愛もない会話のために。
だから、どれだけ陰口言われていたことをかつての親友から伝えられても落ち込んだりしなかった。学校にいけない、そんなことは一日もなかった。
そんなことを考えていると、ここで僕はあの子がかつて学校に行けない日が増えたことを思い出した。
あの日、傷つけてから、数日後。あの子はよく授業の途中から学校に来ていたり、休んでいた日が多かった。
あの子を、学校という日常生活まで支障がでるほど心を追いつめてしまった。
でも、自分はそんなのはない。
この差は男女のメンタルの強さの差か。それとも、僕が犯した最低な罪は、皆これを恐れていたんじゃなかったのか。
──日常生活に支障がでるほど追いつめる。
先ほどあったはずの満足感と幸福感はどこかへ消えていってしまった。人は大きかった感情が消え去ると心がからっぽにならないように感情をはめこもうとする。
朝ご飯を食べていないにも関わらず襲いかかってくる猛烈な吐き気と自らの罪に対する怒りと苦しみが鈍い頭痛と共にやってくる。
──ただ、僕はなりたい自分になりたかっただけだ。
──ただ、僕は心から好きな人ができただけだ。
でも、そんな自分勝手なことしか考えていないからどうなった?
チームの輪を乱して、部活動にいる意味がなくなっただろ──
自分よりも大切な女の子を悲しませて日常生活に支障をきたすほどの傷を負わせて、信頼も失っただろ──
……なにを勘違いしているんだろう。
僕にこれから青春なんて訪れるはずがないのに。
たった昨日一回オクさんたちと遊んだだけで青春を感じている……なんてことはしない。そんな思い込みは絶対にしない。
そうだよな。だって──思い込んで誰を傷つけるか僕は知っているから。
「おーい、アンタ朝ご飯いらんの? ……ってどした? 顔色悪いな」
僕が現実に返ってきたのは母の声だった。いつの間にか部屋に入ってきていたらしい。体調が悪そうな息子を心配そうに見ている。
「……大丈夫だよ。ちょっと嫌な夢を見ていただけだから」
「あ~、ここ数日寝言が多いからなぁ。ずっと『ごめんなさい。傷つけないから』って言ってるし。部活やってた頃の私かよー」
母にくしゃっと頭を撫でられ、息子の僕はそれが慰めだと感じた。
昔から僕が泣いたときや不安になったときは髪の毛を撫でてくれたのを感覚で覚えている。
それにしても、寝言にでてるのか。今日は夢を見ていないけど、アイツを傷つけ、あの子を悲しませて、彼を怒らせて全てを失った後にもしかしたらあったかもしれない四人で仲良くする高校生活が夢にでてくることがある。
鮮明に、何度もリピートするように酷いときには自分の意識がはっきりしているときにその夢が流れるときがある。そして動きたくても流れ通りになってしまう夢に涙を流すのだ。
「とりあえず、早くリビングに行ってご飯食べな。最近パンばっかり食べてるやろ? ちゃんとお米も食べないと」
「……夜に食べてr──」
「へ理屈はいいから」
僕の意見を一刀両断する母。なにこれ話も聞いてもらえないの悲しい。
しかし、この会話で幾分か心は追い付いた。やはり、母親の包容力は偉大だ。これに勝るものはない。そう少し思うほど感心させられた。
リビングに向かって、久しぶりの白米を食べる。炊きたての甘い米粒は噛めば噛むほど甘みがでて一緒に食べていた目玉焼きやのりのつくだ煮を食べる手がとまらない。
「ごちそうさまでした」
久しぶりに食べたちゃんとした朝ご飯。
正直、卒業してから燃え尽き症候群のようになり、朝は食欲があまりでず、食パン一枚やスティックパン四本程度でお腹がいっぱいだった。
けれど、今日は久しぶりに、それこそ野球をやっていた頃のようにご飯をたくさん食べることができた。
少しずつ、当たり前の日常と青春を取り戻しつつある。そんなことを意識し始めるきっかけとなった朝だった。