「あぁ、岩瀬か。どうした?」
「靴を返してもらいに来ました。言ったでしょ、今日の昼休みに取りに来るって」
「あぁ、そうだったな」
「もしかして、忘れてた?」
「いや、ちゃんと持ってきてるよ」
デスクの下に手を伸ばした那央くんが、紙袋を取って差し出してくる。
「はい、これ。荷物になって、悪いけど」
「大丈夫です。あと、これどうぞ」
那央くんのそばまで近づくと、靴の入った紙袋を受け取って、代わりに缶コーヒーを差し出す。
「これは?」
「昨日のお詫び」
「気にしなくてもいいのに」
「でも雨降ってたし、彼女も来てたのに、いろいろと迷惑かけたから」
「別に、彼女には迷惑かかってないよ」
「とりあえず、もらってよ。わたし、砂糖の入ってないコーヒーは飲めない」
「まだまだガキだな」
顔をしかめながら缶コーヒーを前にぐっと突き出すと、那央くんがハハッと片眉を下げて笑った。
「じゃぁ、ありがたく受け取っとく」
那央くんはわたしから受け取ったコーヒーをデスクにのせると、パソコンのほうを向いて仕事の続きを始めた。その横顔をしばらくジッと見ていると、那央くんが不審気に振り向く。
「どうした? 教室戻んないの?」
那央くんとわたしは、非常勤の先生と生徒。用事が済めば、会話は終わる。それで普通だ。だけど……、わたしはもう少しだけ那央くんと話がしたかった。