「健吾くん? 何言ってるの?」
「真由子さん、俺、しばらくここには帰ってこないようにする」
「帰ってこないって、どういうこと?」
顔色を変えた母に、健吾くんが悲しそうな目をして優しく微笑みかけた。
「しばらく、ふたりとは離れる。沙里にとってもそのほうがいいと思うから」
「沙里にとっても、って……。何かあったの?」
母が、わたしと健吾くんの顔を交互に見つめる。母の顔をうまく見ることができずに斜め下に視線を落とすと、健吾くんがふっと息を漏らした。
「ごめんね。だけど、これだけは信じて。俺は真由子さんのことが大好きだし、真由子さんと沙里のこと、大切に思ってるから」
わたしの目の前で、健吾くんが母の肩を抱き寄せて、その額にそっと口付ける。
「け、健吾くん……」
母がわたしの前でキスされたことに焦って、健吾くんの胸を押しのけようとする。でも健吾くんは、母の肩を抱く手を離そうとはしなかった。
きっと、わざとだ。健吾くんは、彼にとっての一番が母であることをわたしに示そうとしている。
今まで何をしても笑って許してくれた健吾くんが厳しい口調で怒ったのも、わたしが彼の娘であることを伝えるための意思表示。
わたしの告白を曖昧な態度で躱して、なかったことにしようとしていた健吾くんだけど。母とわたしは違うのだとハッキリと線引きすることで、わたしの告白に対する返事しているのかもしれない。
わたしはもう、健吾くんのことを好きでいてはいけない。もしかしたら、いつかわたしに振り向いてくれるかもという幻想も、捨てないといけない。
きついな。きついけど、今までみたいに感情的に家を飛び出したりはできない。
健吾くんが苦しんでるから。母を困らせるから。それに、那央くんとも約束したばかりだから。