「え、っと。ハンバーガー屋で時間潰したりとか……」
「黙って家を出て行ったまま、何時間も連絡取れなくなって。お母さんや俺が心配してるって思わなかった? 沙里が自分勝手に飛び出して行ったのって、これで何回目?」
健吾くんの語気が、少しずつ強くなる。
「真由子さんのこと心配させて、葛城にも迷惑かけて。人を振り回すのもいい加減にしろよ」
最後は低い声で怒鳴られて、思わず肩がビクリと跳ねた。健吾くんが、怖い目でわたしを見つめている。
初めて出会ったときから、にこにこ笑っていることの多い健吾くん。うちの高校で先生をしていたときだって、健吾くんが本気で生徒を叱っているところは見たことがない。そんな彼の怒鳴り声を聞いたのは初めてだった。
「何か気に入らないことがあるなら、逃げ出したり、葛城に迷惑かけたりせずに、直接俺に言ってよ」
健吾くんが、強い口調でわたしを責めてくる。健吾くんはたぶん、わたしが家を飛び出した理由が彼にあると気付いているのだ。
だけど直接言えと言われても、母の前で本当のことを話せるわけがない。健吾くんのことが好きなわたしが、母に嫉妬しているだけなんだから。
「健吾くん、もうそんなに責めなくていいから。きっと、私が無意識のうちに、沙里の気に触ることを言ったんだと思う。ふたりとも、リビングでお茶でも飲んで少し落ち着いて」
母も健吾くんが声を荒げているのを見るのは初めてだったのかもしれない。母が健吾くんのことを宥めるように、腕に触れる。
だけど健吾くんは、母の顔も見ずにその手をそっと振り払った。
「真由子さんは何も悪くないよ。俺が真由子さんと沙里のバランスを崩した。全部、俺のせい」
健吾くんが、わたしを見つめながら表情を歪める。苦しげなその表情に、胸がズキッと傷んだ。