「彼女は?」
「彼女って?」
「わたし、最初は那央くんの家に行こうとしてた。そうしたら、コンビニの前で那央くんが彼女と一緒にいるところを見ちゃって。それで……」
「行き場をなくして、ここに隠れてたってこと?」

 こくり、と頷くと、那央くんの瞳に呆れの色がのる。

「彼女はすぐに帰ったよ。明日も仕事があるし、うちに忘れ物を取りに来ただけだから」
「そうなんだ……」

 彼女がわたしが那央くんの車に忘れてきたパンプスの存在に気付いたかどうか少し気になったけど、今はそんなことを訊いてみるような雰囲気でもない。

「今から家に帰れそうか? 桜田先輩に、岩瀬のこと見つけたって連絡していい?」

 那央くんが、ズボンのポケットからスマホを出しながらわたしに訊ねてくる。

「まだ帰りたくないって言ったら、那央くんがまたどこかに連れて行ってくれる?」

 健吾くんに連絡をしようとする那央くんの服の袖を指でつまむ。少し期待しながら見上げると、那央くんが困ったように眉根を寄せた。

「いや、今日はダメ」

 傘の位置をずらして斜め上に視線を向けた那央くんが、首を横に振る。

「どうしても?」
「どうしても」

 食い下がってみたけれど、那央くんは誕生日の夜のように我儘を聞いてはくれなかった。シュンと肩を落とすと、那央くんがハーッとため息をこぼす。

「今日はどこにも連れてけない。それに、おれ、言ったよな。黙って飛び出してきちゃダメだ、って」
「ごめんなさい……」
「岩瀬が謝らないといけない相手はおれじゃないだろ」

 那央くんに少しきつい口調で言われて項垂れる。これはきっと、完全に呆れられた。下唇を噛んで黙り込むと、那央くんの手がわたしの頭をクシャリと撫でた。