昼休みが始まると同時に教室を飛び出して、わたしが向かったのは化学準備室だった。

 ドアを雑にノックして横に引こうとしたが、開かない。いつも開けっ放しになっていることが多い化学準備室に、珍しく鍵がかかっていた。

 化学準備室のドアに背中を預けて立つと、手に提げていた紙袋に視線を落とす。開いた袋の口からは、誕生日の夜に那央くんに貸りた女性用の黒のサンダルが覗き見えている。サンダルは那央くんの彼女のものだ。

 那央くんは「生徒に貸したぐらいで気にしない」と言っていたけど、できれば早めに返しておきたい。

 しばらく待ってみたけれど、那央くんは昼休みが始まって十分が経過しても戻って来なかった。

 もしかして、今日は休みなのかな。それか、午前中だけ授業して帰っちゃったとか。那央くんは非常勤の講師だし、その可能性もありうる。

 せっかく、お礼も一緒に持って来たのにな。

 紙袋の中には、ここに来る前に学食の側の自動販売機で買ってきた缶コーヒーが入っている。

 今日は気温が上がって暑いから、冷たい飲み物を差し入れたら喜んでもらえるかと思ったけど……。ムダになりそうな予感だ。

 約束もなくやって来たのは自分なのに、タイミングの悪さに落ち込んだ。