「わたしのほうこそ、変なこと言おうとしてごめん。ディナーに連れてってもらったレストランがオシャレ過ぎたから、オレンジジュースで酔っ払っちゃったのかも」

 ハハッと明るい声で笑うわたしを、健吾くんが茫然と見つめる。

「ごめんね。ごはん食べたあとのことは、全部なし。わたしが言ったことも、したことも全部忘れて。なかったことにしてくれる? ただの、冗談だから」
「沙里……」
「もう家入ろう。明日も学校だし、健吾くんも仕事でしょ。お風呂入って、早く寝ないと」

 何事もなかったみたいにそう言って、健吾くんの腕を引っ張る。

 普段どおりに、普段どおりに。わざとらしくならないように。

 頭の中で何度もそう言い聞かせても、声や手が少しだけ震える。それが、健吾くんに気付かれていなければいいと思った。