「お母さんが再婚したあとも学校での名字を岩瀬のままにしてるのは、周囲にいろいろ説明するのがめんどくさいっていうのもあるけど……。名字を桜田に変えたら、自分が健吾くんの娘だって認めるみたいでイヤだから」
「前に桜田先輩と撮られた写真が出回って妙な噂を流されてたとき、岩瀬は『誤解されてるほうが都合がいい』って言ってたよな。あれって……」

 ずっと黙ってわたしの話を聞いてくれていた那央くんが、そこで口を挟んでくる。

「もしかしたら、って期待があったからだよ」

 唇を歪めて自嘲気味に笑うと、那央くんが哀しそうに瞳を曇らせた。

「健吾くんはお母さんと結婚したのに、それでもわたしは奇跡のどんでん返しが起こらないかって毎日のように期待してた。恋なんてどうせ不平等なのに。バカみたいでしょ」
「バカみたい、とは思わないよ。好きな人が振り向いてくれたらいいのに、って期待するのは普通のことだろ。ただ岩瀬の場合は好きになった人との関係が特殊だった、ってだけで」

 那央くんが優しい声で否定してくれたから、思わず泣きそうになった。

 膝を三角に曲げると、そこに額を押し付けて顔を隠す。控えめに鼻を啜ると、頭の上にぽすっと何かがのっかった。