「ちょっと浜辺でも歩く?」

 海に行きたいと言ったのはわたしのはずなのに、先に砂浜のほうへと歩き出そうとする那央くんのほうが、なんだか楽しそうだ。

 一歩踏み出すごとに砂に足をとられているわたしを置いて、波打ち際までどんどんと進んで行く。

「ちょっと、速い。実は那央くん、海に来たかったんでしょ」

 何とか追いついて隣に並ぶと、那央くんがわたしを振り向いて笑った。

「そういうわけじゃないけど、ひさしぶりに来るとちょっとテンション上がった。夜の海って、静かでいいよな」
「そうかな。わたしは、昼間よりもずっと波の音がうるさいって思った。周りが静かすぎるから」
「あぁ、たしかに。そう言われたら、そうかもな」

 那央くんが真っ黒な水平線を見つめながら、目を細める。鼻筋の高い綺麗な横顔をぼんやりと見ていると、不意に大きめの波が押し寄せてきて、サンダルと一緒に足が濡れた。

 夜の海の水は足先を凍らせるほどに冷たくて、那央くんと一緒に思わず悲鳴をあげてしまう。ふたりで顔を見合わせて、笑いながら波打ち際から逃げたら、わたしだけが砂に足をとられて躓いた。