車で一時間以上かけて連れてきてもらった夜の海は、思っていたよりも寒かった。
 車から降りた瞬間、ぶるっと身震いしたわたしを見て、那央くんがふっと笑う。

「あー、寒いよな。これ着ていいよ」

 そう言いながら、那央くんが着ていたジャケットを脱いでわたしの肩にかけてくれる。彼の体温で温まったジャケットが身体を包むと、周囲の気温が一℃上がったみたいに感じられた。

「那央くんは寒くない?」

 薄手のTシャツ一枚になってしまった那央くんを心配していると、彼が後部座席からパーカーを引っ張り出してくる。

「平気。今の時期の海は寒いだろうから、予備に持ってきた」

 被ったパーカーから頭を出した那央くんが、得意げに笑う。整った顔立ちをした彼は、言うまでもなくモテるだろうし。こんなふうに、女の子と一緒に夜の海にデートに来たことだってあるのだろう。

 でもわたしは、今夜ここに連れてきてもらうまで、春の海が想像以上に寒いことも、真っ暗な海から聞こえてくる波の音が昼間よりもずっとうるさいことも知らなかった。