「うそうそ。もう、余計な詮索はしません」
「わかればよろしい。じゃぁ、行くか」

 車のエンジンをかける音が、那央くんの声に重なる。揃えて置かれた黒のサンダルに足を入れると、そのタイミングで車が動き出した。

「片道一時間ちょっとはかかるな」

 運転しながら、那央くんがナビの到着時間をチラッと横目に見る。

 気紛れに口にした「海に行きたい」という我儘は、適当に流されて終わりだと思っていたのに。「行くか、海」と、那央くんがあっさり同意したから驚いた。

 那央くんの家は、コンビニから五分の場所にあるマンションだった。エントランスの前で待っていると、那央くんが駐車場から車を出してくる。それに乗り込んだのがついさっき。

 那央くんは、わたしの希望通りに海に連れて行ってくれるらいしけど、それには条件がある。日付が変わるまでには海を出て、真っ直ぐ家に帰ること。それを約束させられたうえで、那央くんが健吾くんに海に出かける許可を取ってくれた。

「健吾くん、わたしのことで何か言ってた?」

 外は暗くて、車窓からの景色はよく見えない。流れていく街頭の光や街のネオンを眺めながら訊ねると、那央くんから返答がくるまでに妙な間が開いた。