「おかえり、沙里」
気まずい表情で俯くわたしに、健吾くんは穏やかな声でそう言った。
「た、だいま」
小さくそう返すと、健吾くんが深いため息を吐いた。
「無事に戻ってきてくれてよかった。何があったのか知らないけど、夜遅くに黙って家を出て行ったりしたらダメだよ。今回はたまたま葛城が見つけてくれたからよかったけど、俺も真由子さんも心配するから」
「ごめん、なさい」
優しい声音で注意してくる健吾くんは、わたしが家を飛び出した理由を強く問いただそうとしなかったし、怒ったりもしなかった。
健吾くんに連れられて部屋に入ると、玄関まで駆けだしてきた母に正面からきつく抱きしめられた。そんな母も、わたしを怒ったり責めたりしなかった。
母の腕に抱きしめられながら、いっそのこと大声で怒鳴って叱ってくれたらいいのに、と思う。
そうすればわたしだって、心の中に燻っているもやもやした気持ちを全部吐き出せたかもしれないのに。