「あ、あそこで待ってるのって桜田先輩じゃない?」
葛城先生が、マンションの前に立っている男の人に向かって手を振る。それに反応して手を振り返してきたのは、健吾くんで間違いなかった。
「おっさんの俺には、高校生の考えてることとかよくわかんないけどさ。桜田先輩は、岩瀬のこと心配してるよ。娘として」
「そうですね……」
葛城先生は悪気なく口にしたのだろうけど、『娘として』という言葉がわたしを複雑な気持ちにさせる。
「しっかり怒られてきな。俺に岩瀬や桜田先輩の家庭事情に首を突っ込む権利はないけど、困ったときに話を聞いてやることくらいはできるから」
葛城先生が笑いながら、わたしの背中を押してくる。大きな彼の手のひらに押されながら、相変わらず、何もわかっていないくせにおせっかいだなと思う。
だけど、放課後に化学準備室を出たときほど迷惑だとは感じなかった。
「送ってもらってありがとうございました」
「おぅ、また明日な」
笑顔で手を振る葛城先生に小さく会釈すると、わたしはエントランス前で待っている健吾くんの元へと走った。