「もう、雨やんだっぽい。ありがとな。沙里の声聞いたら落ち着いた」
窓の向こうの空を眺めながら彼女の名を呼ぶと、電話口の向こうで張り詰めたような気配がして、「え、那央くん? 今、なんて……?」と、少し焦ったような声が返ってきた。
「ん? 別に。勉強、頑張れよ」
「そうじゃなくて。なんかほら、今、いつもと違う感じでわたしのこと呼んだよね?」
「呼んでないよ」
「うそ、呼んだよね?」
しつこく食い下がってくる彼女に、曖昧に笑う。
「じゃぁ、またあとでな。岩瀬」
「え、ちょ……、那央くん。あとで、ってなに……?」
彼女が焦っている姿を想像して笑いながら、通話を切る。腕に抱いていたテディベアを助手席に座らせると、シートベルトを締め直して車のエンジンをかけた。
いつのまに、こんなに心が動いてしまったんだろう。雨に怯えていたおれを救ってくれた彼女の存在が、今はどうしようもなく大きくなっている。
声を聞けば不安が吹き飛んで穏やかな気持ちになるけれど、声を聞けばそれだけでは足りないと想いが募る。
だから、会いに行こう。君との距離が、近付くところまで。
fin.