「だから、雨の日は、わたしの代わりにこの子を助手席に乗せといたらどうかなーって。少しは気が紛れるでしょ?」
「どうかな……」
「ないよりもあったほうが、絶対役に立つよ。不安になったら、この子をわたしだと思って話しかけたり、ハグしていいよ」
「いや、そんな怪しいことしねーよ」
大真面目にテディベアを突き出すわたしを見て、那央くんが、ぷっ、と吹き出す。
「そんなに心配されなくても大丈夫だけど」
「これ、いらない……?」
テディベアを胸に引き寄せて、しょんぼりしていると、那央くんの手が伸びてきてテディベアの頭をグシャッと乱暴につかんだ。
「ちなみに、名前とかあったりすんの?」
「クゥーだよ」
「クマだから?」
こくっと頷くと、那央くんが「安直だな」と、笑いながらわたしの腕の中からクゥーを攫っていく。
「せっかくだから、借りとこうかな」
顔をあげると、悪戯っぽく細められた那央くんの目と視線が交わって、ドクンと鼓動が高鳴った。
那央くんが、片手でつかんだクゥーを正面からジッと見つめて、ぽんぽんとその頭を撫でる。那央くんの手に触れられているクゥーが羨ましい。物珍しげにクゥーの顔を横から斜めから眺めていた那央くんは、それをデスクの上に座らせた。
「おかげさまでさ、前よりはだいぶマシになってきてるよ。雨の日も」
那央くんが、とぼけた顔で見上げているクゥーと目線を合わせたまま、そう言った。
「この前の週末、実家に帰る予定があって、車で出かけたんだ。帰り道で少し雨が降ってきたんだけど、休憩せずに家まで戻ってこれた」
「え、そうなの?」
「うん。大きめの音で、岩瀬がいつもかけてる曲ずっとかけて。岩瀬が横で歌ってるの想像して。そしたら、途中から本当に岩瀬のへたっぴな歌が聞こえてくるような気がして。割と平気だった」
「え、幻聴じゃん。那央くん、大丈夫?」
わざと声のトーンを下げて揶揄うように笑ったけど、内心ではすごく嬉しかった。那央くんが思い出してくれたのが、わたしだったことが。