「新しい学校行ったら、雨の日はどうするの? うちの学校から電車で三十分以上もかかるよね。さすがに迎えに行けないんだけど」
家とは逆方向だから、交通費もかかっちゃうし。連絡先や家の住所もいちおう知ってはいるけど、今日までずっと《先生と生徒》の距離を保ち続けたわたし達が、学校に関係のないところで連絡を取り合うことはないだろう。
那央くんがわたしにコンタクトをとってくることはないだろうし、それがわかっているから、わたしも下手に距離を詰めたりできない。わたしと那央くんのつながりは、今日を最後に切れてしまう。
しんみりとした気持ちでうつむいていると、那央くんが突然ハハッと笑い出した。
「新しい学校まで迎えにくること考えてるとか、おまえ、おれの保護者みたいだな。おれのほうが大人なのに」
荷物を段ボールに詰め込みながら、那央くんがやけに愉しそうに笑っている。
目を細めて笑う横顔が、なんだか眩しい。幾度となく見てきた那央くんの笑顔も、今日で見納めなのかな。そう思うと、胸の奥がキュッと切ない。
「だって、心配だもん。だからね、今日はいいもの持ってきた」
持っていた紙袋をデスクの上にガサッと置くと、那央くんが作業の手を止めて、不思議そうな顔で見てくる。
「何?」
「じゃーん! これです」
わたしが紙袋から取り出したのは、全長六十センチほどのベージュのテディベア。腕の中に抱きしめるのに、ちょうどいいくらいのサイズだ。
「何だ、それ?」
「わたしが小さい頃によく一緒に遊んでたクマさん。これを助手席に乗せときなよ」
「え、なんで?」
テディベアの脇の下に両手を入れて、ぐっと差し出すと、那央くんが怪訝な顔をした。