「わたしの苦しいのが消えたのは、那央くんが助けてくれたからだよ」
「おれ、岩瀬に特別何かした覚えないよ」
「うん。でも、わたしにとっては特別だった。だから今度は、わたしが那央くんを助けてあげたい」

 那央くんがハの字に眉を下げて、少し泣きそうに笑う。

「ありがとう、でもおれは……」

 言葉だけで充分。那央くんがそう言ってわたしとの間に線を引くのはわかっていたから、彼のジャケットの袖をつかんで引っ張る。

「岩瀬……」

 那央くんの戸惑う声が耳に届いたけど、構わず下から掬いあげるように抱きしめて、彼の背中に両腕を回した。

「ちょっとだけ逃げて、それからどうすればいいか考えたらいいよ」
「岩瀬に慰められるとか、なんか変な感じだな」

 わたしに引っ付かれたまま、那央くんがハハッと渇いた声で笑う。

「でも……、ありがとう」

 少しの間を空けてポツリと聞こえてきた声が、わたしの胸を熱くした。