「いつか岩瀬に言われたよな。彼女にも話せないような秘密を抱えて生きていくのなんて、苦しいって。たしかにそのとおりだよ。最近はもうずっと、アイツといると苦しい」
那央くんが、そんな言葉とともにため息を吐く。
「誰でもいいなんて思って付き合ってたことは一度もないし、ちゃんと好きだと思ってた。だけど、死んだ彼女のことを全く思い出さずにいるのはどうしたって難しい」
「うん……」
「雨の日もそうだし、五年経っても些細なことでふっと夕夏のこと思い出す。でも、だからって夏乃のことがどうでもいいわけじゃないんだよ。そのことを、アイツにわかってもらうのが難しい。夕夏のことを引きずってると思われないように、誤解されないように、って気を遣ってると、一緒にいても疲れちゃって。忙しくて会えないほうが、ほっとする。電話やメッセージも、正直何度か面倒になってわざと無視した。嫌いになったわけじゃないけど、夏乃と一緒にいる意味が、おれにはもうよくわからない」
いつも寄りかかりそうになる寸前で「大丈夫だ」とわたしとの間に線を引いてしまう那央くんが、ここまで弱音を吐くのは初めてだった。
わたしなんかに本音を晒したくなるほど夏乃さんの言葉が那央くんを傷付けたのかと思うと、胸が痛い。
「だったら、苦しいのが消えるまで逃げちゃえば?」
「逃げる? 追いかけるんじゃなくて?」
那央くんが目をすがめながら、問い返してくる。その目を見つめ返しながら、わたしは小さく頷いた。
「わたしね、那央くんに感謝してるんだよ。那央くんがいなかったら、わたしはたぶん今も、健吾くんへの気持ちに折り合いがつけられなかった」
那央くんが、わたしの気持ちを否定も非難もせずに、受け止めてくれたから。たとえ叶わない想いだったとしても、誰かを好きになる気持ちは間違ってないと認めてくれたから。わたしは長く拗らせていた片想いに終止符を打つことができた。