「おれは、夏乃と会う時間だって、ちゃんと作ってたつもりだった。だけど最近は、会うたびに夕夏のことを持ち出されて、正直疲れる」
「だから、女子高生に手出したの?」
「出してないよ」
「しかも、大学時代の先輩の娘なんでしょ。十個も下の女の子に手を出すとかどうかしてる。こんなの、私だけじゃなく、お姉ちゃんに対しても裏切りじゃない!」
「出してないし、裏切ってもないよ」
「嘘ばっかり! 那央は、初めから私のことなんてなんとも思ってなかったんでしょ」

 那央くんが静かに否定しても、すっかり興奮している夏乃さんは全く聞く耳を持たない。那央くんが説得を諦めて口を閉ざしても、夏乃さんはヒステリックな声で彼を責めるのをやめなかった。

 夏乃さんの目に、涙が滲む。

 彼女だって、本当は那央くんのことを傷付けたいわけではないのだろう。ただ、好きだと思う人に同じ熱量で自分のことを想ってもらいたいだけ。その想いが強すぎて、那央くんの気持ちにまで気が回らない。

 今の夏乃さんは、健吾くんを好きだったときのわたしに少しだけ似ていると思った。自分には絶対に敵わない人に嫉妬して、自分の感情ばかりを理解されたがっていたわたし。

「那央にとって、私といた二年間はなんだった? 本当は、近くにいる相手なら誰でもよかったんでしょ。私でも、職場の生徒でも……!」

 夏乃さんが勢いに任せてそう言ったとき、彼女を見つめる那央くんの瞳が翳る。

 ふたりの問題に、わたしが割り込むべきではない。そう思うのに、那央くんの哀しそうな横顔を見たら、じっと黙っていられなくなった。

「誰でもいいなんて、絶対違います」

 那央くんの盾になるように、両手を広げで夏乃さんの前に立ちはだかる。

「那央くんはみんなに優しいけど、わたしとも他の生徒とも、ちゃんと線を引いてます。誰でもいいなんて、絶対に思ってません。那央くんのこと本当に好きなら、あなたが一番それをよくわかってるでしょ」

 わたしよりも少しだけ背の高い夏乃さんを真っ直ぐに見つめると、彼女が涙の溜まった目を大きく見開いた。