「デートなんかじゃない。今日はたまたま一緒に帰ってきただけだよ。電話やメッセージにちゃんと応えられなかったのは悪かったけど、受験が近付いてきてるから、本当に仕事が忙しくて……」
「でも、お姉ちゃんと付き合ってたときは、どんなに忙しくても電話かけたり、会う時間を作ってたでしょ。会えない時間を埋めるために、同棲の提案だってしたじゃない!」
冷静に話そうとする那央くんに、夏乃さんがヒステリックに言葉をぶつける。
彼女の口から夕夏さんの話が出た瞬間、那央くんの顔が凍り付いた。
自分と写した写真の下に、那央くんが亡くなった彼女との写真を入れているのを見てしまった夏乃さんは、きっと那央くんの本音が分からなくて不安なんだろう。
亡くなった前の彼女は、夏乃さんの姉だから。付き合いが長くなるほど、那央くんへの想いが強くなるほど、彼の周りをチラつく元恋人だった姉の気配に怯えて、苦しんでいるのかもしれない。どんなに嫉妬したって責めたって、亡くなった夕夏さんとの思い出には勝てないとわかっているから、怯えているのかもしれない。
だけどそれでも、夕夏さんを引き合いに出して那央くんを責めるのはダメだ。それも、雨があがったばかりの今、那央くんが夕夏さんにしたことと自分を比べるのは絶対にダメ。
那央くんは今も、ずっと、後悔して自分を責めているんだから。五年前の夕夏さんの事故は、自分のせいじゃないか、って。
「夏乃は、おれがどうしたら満足すんの?」
顔をひきつらせている那央くんの腕に衝動的に手を伸ばしかけたとき、彼が虚ろな目で夏乃さんを見つめてボソリとつぶやいた。