「あー、うん。つい聴き入ってた」
「そっか。最近おれ、朝目覚めて雨が降ってると、思わず笑いそうになるんだよな」
「何で?」

 憂鬱になるのはわかるけど、笑っちゃうなんて、変なこと言うな。雨の運転が嫌いなくせに。

 訝しく思いながら首を傾げると、那央くんが前を見つめながら、ふふっと思い出し笑いする。

「何で、って。雨降ったら、岩瀬のちょっと下手っぴな歌思い出すから」

 笑いを堪えているのか、運転する那央くんの肩がプルプルと僅かに揺れている。

「そんなこと思ってたとか、ひどい。もう絶対歌わない」
「えー、歌ってよ」

 不貞腐れ気味にプイッと顔をそらすと、那央くんが楽しそうにハハッと笑ったから驚いた。もうほとんどやんでいるとはいえ、雨の日に運転している那央くんが声を出して笑うのを聞いたのは初めてだったから。

「おれ、おまえの歌の絶妙なヘタさ具合が好きなんだよな」

 からかうようにそう言った那央くんは、とてもリラックスした表情でハンドルを握っている。

 ビックリして、ドキドキした。穏やかな表情を浮かべている那央くんにも、好きだという言葉にも。

 那央くんが好きだと言ってくれたのは、わたしのヘタな歌に対してだけど。それでも、わたし自身を好きだと言われたみたいで嬉しい。

 その日はスマホで再生した音楽をBGMに、那央くんとふたりでくだらない話ばかりした。

 うちの学校の先生の口癖の話とか、最近見た面白かった動画の話とか。ほとんど中身のない会話をして笑っているうちに、あっという間に那央くんの家の前まで着いた。