「沙里が走って校舎の中に戻っていったあと、わたしもいろいろ探したんだよ。教室とか、職員室とか。だけど全然見つからないから、仕方なく駅まで帰ったの。もしかしたら沙里から連絡くるかもしれないと思ってしばらく駅前のカフェで待ってたんだけど、全然連絡取れないし。諦めて帰ろうと思って、カフェを出て信号待ちしてたら、駅前の交差点を沙里と那央くんが乗った車が通り過ぎて行った。一瞬だったらから見間違いかと思ったけど、やっぱりあれは沙里だったんだよね?」

 唯葉が、わたしの反応を確かめるようにジッと見てくる。

 まさか唯葉に、見られていたなんてびっくりだ。でも、唯葉も、その一瞬でわたしだと気付くくらい、心配してくれていたのかもしれない。

「ごめん、唯葉。何の連絡もしなくて……」
「わたしが訊きたいのは、そんなことじゃないよ。あれは、やっぱり沙里だったの?」

 唯葉から逃げるように下を向くと、彼女がわたしの右手をぎゅっとつかんできた。

「わたしは責めてるわけじゃなくて、沙里のこと心配してるんだよ。突然走ってどこかに消えたと思ったら、連絡取れなくなっちゃうし。見つけたと思ったら、那央くんの車に乗ってるし……。もし他の生徒に見られてたら、また桜田先生のときみたいに誤解されるよ?」

 わたしに忠告する唯葉の声は、真剣そのものだった。

 健吾くんと二人で歩いている写真を拡散されたとき、わたしに対する心ない嫌がらせがひどかったから。今度は那央くんと……、なんてことになれば、匿名のDMでの誹謗中傷が殺到するだろう。

 わたしだって、そのくらいのことはちゃんとわかっている。わかっていたけど、雨のせいでうまく制御が効かなかった。

「何も話してなくてごめん。でも、誤解されるようなことは何もない」
「何もないの?」
「少なくとも、那央くんのほうには」

 わたしがそう言うと、何かを察した唯葉の表情が曇った。

「沙里、それって……。いつから?」

 はっきりと明言はしないけど、唯葉はわたしの那央くんへの気持ちに勘付いている。

 いつから……。そうだな、いつからなんだろう。

 はっきりと自覚したのは、那央くんに雨の日の運転が苦手なことと、夕夏さんのことを打ち明けられたとき。

 だけどもしかしたら、健吾くんのことで悩んでいたときから、那央くんの大きな手のひらに慰められるたびに、わたしの気持ちは少しずつ彼に溶けていっていたのかもしれない。