「雨、降ってたから」
「ん?」
那央くんの傘を押しやりながらつぶやくと、不思議そうに瞬きをする。
「雨が降ったときはいつでも呼んでいいって言ったのに。全然呼んでくれないから、勝手に待ってた。動けなくなったら駆けつけるって約束したから」
わたしがそう言うと、那央くんが自分の傘を少し見上げて「あぁ」とつぶやいた。
雨の中、真っ暗になるまで外で待ってるなんて。そんなことをすれば、那央くんは苦笑いを浮かべてやんわりとわたしとの間に線を引くだろう。そう思っていたし、ここで線を引かれたら諦めようという気持ちもあった。だけど那央くんの反応は、わたしの予想以上に薄い。
やりすぎて、引かれた……? 考えてみたら、那央くんの車を特定してその側で待ってるなんて、軽くストーカーだ。
「ごめんなさい、わたし……」
慌てて立ち上がろうとすると、那央くんがふわっと優しくわたしの手をつかまえる。
「ありがとう。気にかけてくれて。だいぶ小雨になってきたからそろそろ帰れると思ったんだけど、いざ外に出てきてみると、大丈夫かなって少し不安で。歩いて帰ろうかな、って迷ってた」
少し目を細めた那央くんの表情が、笑っているみたいにも泣きそうにも見えて、胸が詰まる。
「ずっと前のお礼のコーヒーの代わりに、今日だけ助けてくれる?」
那央くんがそう言ってくれたのは、きっとわたしのことが特別だからでも、本当に必要だったからでもない。那央くんは優しいから、雨の中、バカみたいに待っていたわたしに同情してくれただけ。
それでも、那央くんがわたしとの間に境界線を引かないでくれたことが嬉しくて。彼の言葉に、小さく何度も頷いた。