「あれ、なんか、雨すごくない? 帰るまでにおさまるかな?」
化学準備室から、三年生の女子の憂鬱そうな声が聞こえてくる。
「最終下校の時間にはおさまってるよ」
「え、那央くん、なんでわかるの?」
「なんとなく?」
ふっと漏らした吐息とともに聞こえてきた那央くんの声に、ぎゅっと胸の奥が痛くなる。
化学準備室から離れて裏門側の駐車場に向かうと、二回だけ助手席に乗せてもらった黒のSUVがすぐに見つかった。やっぱり、那央くんは天気予報を見越して車で来てた。
帰る頃には、雨がやむかもしれないから。でも、予報が外れてやまなかったら……?
しばらく那央くんの車を眺めていたわたしは、駐車場のそばにある駐輪場の屋根の下に入って折り畳み傘を閉じた。傘についた雨を払いながら息を吐く。
カバンの中でスマホが震えたような気がして取り出すと、唯葉から何件も着信とメッセージが届いていた。
『どこにいるの? とりあえず、駅で待ってるよ』
唯葉から最後に届いていたのは、そんなメッセージ。それに既読だけをつけると、スマホをカバンに押し込んだ。
こんなところで待っていたって、きっと迷惑がられるだろうな。考えなくてもわかるのに、降りしきる雨が、わたしの足を引きとめる。
灰色だった空が薄墨色に染まり始めるまで、わたしは駐輪場の屋根の下で、雨がおさまるのを待っていた。