「それ聞いてどうすんの?」
「だって、気になるんだもん」
「なんでだよ」
「なんで、って。みんな知りたがってるよ。那央くん的に、十個下の私たちが、恋愛対象としてアリなのかな、って」

 デスクの端に肘をついた二人は、椅子の下で足をぶらぶらと揺らしながら仕事中の那央くんの横顔を見上げている。

「年齢差どうこうの問題じゃなく、生徒はナシ」
「えー」

 苦笑いを浮かべながらもきっぱりと彼女たちのあいだに線を引いた那央くんに、ほっとすると同時に複雑な気持ちになる。

「那央くんがうちの高校で教えるのって、一年の期間限定なんだよね? 私たちが卒業して、那央くんもうちの高校の非常勤講師でなくなれば、何の弊害もなくない?」

「ナシ」だとはっきりと言われた三年生の女子達は、僅かに残る期待を捨てきれないのか、那央くんに向かってぶーぶー文句を言っている。

「年齢差とか、生徒だからとか、弊害とか。そういう建前は置いといて、おまえらはおれに既に彼女がいる可能性は考えてないわけ?」
「え、那央くん、彼女いるの?」
「さぁ、知らん」
「知らん、ってどういうこと。いるの、いないの?」
「そんなこと言ってる暇があったら、勉強。真面目にやらないなら、出禁にするからな」

 那央くんがそう言って、騒ぎ始めた彼女たちの頭をそれぞれグシャリと撫でる。

「那央くん、そういうのズルい」

 彼女たちのうちの一人が、那央くんに触れられた頭に手をおきながら、恨めしそうにつぶやく。

「なんだよ、ズルいって。ほら、勉強」

 パンッと手を叩いて彼女たちを促す那央くんは、自分が何気なくやった行動の重さに少しも気付いていないみたいだった。でも、「ズルい」とつぶやいた三年生の女子の意見には同感。

 那央くんに促された三年生の女子達が、渋々といった様子で勉強を始める。その横で仕事を始めた那央くんは、化学準備室のドアの外に立っているわたしに気付くはずもない。

 廊下の窓に視線を向けると、また少し、雨が強くなっていた。