「那央くんて、いつも電車通勤?」

 学校からの帰り道。最寄り駅に向かって歩く途中に訊ねると、那央くんが足元を見つめて苦笑いした。

「基本的には車。だけど、今日は朝から雨が降ってたから電車にした」

 今はもうやんでいるが、今日は朝から放課後まで雨が降ったり止んだりを繰り返していた。コンクリートの地面が、まだ乾ききらずに濡れている。

「雨が強い日の運転は、全然ダメなんだ。だから、天気予報はこまめにチェックしてて。確実に雨が降りそうな日は、電車と徒歩にしてる。帰りに急に降ってきた日は、雨が止むのを待つか、車を置いて帰るか」
「そうなんだ。そんなに雨の日の運転が苦手なのに、どうしてあの日は車で出かけてたの?」

 天気予報をちゃんとチェックしているなら、駅のロータリーで出会った日曜日も、夕立が降る可能性を予測できていたはずだ。

「家を出たときは小雨だったから、何とかなるかなと思って。それに、雨の日の運転が苦手だってあいつには話してないんだ。そのことがバレたら、おれがまだ前の彼女のことを引きずってるって誤解されるから」
「あいつって、今の彼女?」
「そう。うちに来たときに、岩瀬も二枚の写真を重ねた写真立てに気付いただろ。あの日、あいつにもそのことを気付かれてケンカになった。とりあえず落ち着かせて、気晴らしに出かけようってなったんだけど、車の中でまた言い合いになって……。でも、あのまま遠出でしてたら、途中で震えて運転できなくなってた可能性が高いし。結局バレただろうから、あいつが怒って帰ってくれてちょうどよかったのかも」

 濡れた地面を見つめて自嘲気味に笑う那央くんの目は、虚ろで淋しそうだった。

「あのあと、仲直りできた?」
「どうだろ。一応、連絡は取ってるけど、あのあとまだ一度も会ってない。っていうか、こんなこと岩瀬に話すことじゃないな」

 顔をあげた那央くんが、パッと笑う。この一瞬でどうやって気持ちを切り替えたのか、わたしに笑いかけてくる那央くんの表情には一切の翳りがなかった。

 作り笑いでもないし、不自然に引き攣っているわけでもない。一瞬曖昧になりかけた公私をしっかりと分けて、《先生の顔》で接してくる那央くんに対して、複雑な感情が込み上げてくる。