二日前の日曜日。那央くんの家から帰ってきてすぐに、わたしは母の隣で健吾くんに電話をした。

『もう大丈夫だから、帰って来てほしい。わたしも、お母さんと健吾くんのことが大切だから。家族として』

 精一杯の言葉で伝えたら、健吾くんが電話口の向こうで鼻を啜っていた。そのたび咳払いして誤魔化していたけど、健吾くんがちょっと泣いてるということは電話越しにバレバレだった。

 健吾くんが家に帰ってきたあと、母が「結局、ケンカの原因は何だったの?」と何度も訊ねてきたけれど。わたしも健吾くんも、それに関しては黙秘を貫いた。苦くて、痛いそれは、これから先もずっと、わたしと健吾くんだけの秘密だ。

「日曜日に那央くんと会わなかったら、今もまだ健吾くんとうまく話せないままだったと思う。だから、ありがとう……」
「これで、夜中に飛び出した岩瀬を探しに行くこともなくなりそうだな」

 膝の上でスカートをぎゅっと握りしめながらお礼を言うと、那央くんが嬉しそうに頬を緩めた。彼の目の上で、黒髪がさらりと揺れる。

 那央くんの綺麗な優しい笑顔にドキリとさせられるのと同時に、胸をすっと隙間風が抜くような心地がした。

 健吾くんと家族になると決めたわたしが、黙って家から飛び出すことはきっともうない。「夜中に家を飛び出したくなったらかけていい」という条件付きで教えてもらった那央くんの連絡先は、このまま使い道もなく登録されたままになるのだろう。

 那央くんとわたしは先生と生徒だから、それはあたりまえのことだけど、少し淋しい。