雨上がりの放課後。彼氏と約束があるという唯葉と教室で別れたわたしの足は、自然と化学準備室に向かって動いていた。軽くノックしてドアを開けると、デスクで仕事をしていた那央くんが振り向く。

「おー、岩瀬。どうした?」

 那央くんと顔を合わせるのは、彼の家にお邪魔して以来、二日ぶりだ。笑いかけてくる那央くんの態度はいつもどおり。授業中に他の生徒たちに接するときと変わらない。ココアを飲みながら、亡くなった彼女の話を聞いたことが嘘みたいに思える。

「ちょっとだけ、報告があって……」
「いいよ、入ってきて」

 ドアの外から遠慮がちに話しかけると、那央くんが椅子ごと振り向いて手招きしてくれる。

 僅かに首を傾けた那央くんのさりげない仕草にドキリとしながら、化学準備室に足を踏み入れて、後ろ手にドアを閉めた。

 ドアのそばに余っていた椅子を運んで那央くんのそばに座ると、彼がデスクの端にわたしのためのスペースを空けてくれる。

 那央くんのデスクには、生徒から集めたプリントや問題集がクラスや学年ごとに分けて山積みにしてあった。もうすぐ一学期が終わるから、成績評価のための仕事が多いんだろう。

「ごめん、忙しかったよね」
「大丈夫。さっき、提出物のチェックが終わったとこだから。それより、報告って?」

 那央くんは、わたし以外の生徒にもこんなふうに仕事の手を止めて優しく向き合ってくれるのかな。涼し気な那央くんの顔を見つめていると、彼が不審気に首を傾げた。

「岩瀬?」
「あ、そうだ。報告。昨日、健吾くんがうちに戻ってきた」
「そっか。ちゃんと家族になる覚悟ができたんだ?」

 那央くんが、わたしの決意を試すようにジッと見てくる。その視線を避けるように目を伏せて、わたしは小さく頷いた。