既に名前を呼ばれた4人の先輩は、複雑な表情を浮かべていた。俺等下級生には知り得ない、今まで3年間汗水垂らして一緒に戦ってきた友の努力を、回顧しているのだろう。こんな2択、可能ならば誰もが双方を選びたい。

 俺は歳下や同い年の仲間には負けていないと思うけれど、ベンチスタートの先輩たちに(まさ)っているとは決して思わない。それぞれに尊敬できるところがあるし、俺の欠点であるスタミナでは、到底敵わない先輩も多くいる。
 だから明日の試合、俺の本心としては出たいけれど、出ないことで後悔は生まれない。先輩たちの“最後”とは、天秤(てんびん)が違う。

 凍てつく沈黙を破ったのは、8番の渡辺(わたなべ)先輩だった。

「コーチ」
「なんだ、渡辺」

 全員が固唾(かたず)を呑む。彼は自身の胸に手をあてた。

「俺は、甲斐田や桜井たちを1番近くで見てきました。悔しい涙も嬉し涙も、一緒に味わってきた大事な仲間です」
「うむ」
「新人戦、俺たちはこの学年だけで深間に挑みました。見事ボロボロにされて、皆で泣いたことを覚えています」

 そう。渡辺先輩の項垂れた姿も、まだ俺の心に残っている。

「あの時……」

 彼は声を震わせた。

「あの時もし花奏を使っていたら、違う結果になっていたんじゃないかって思ってしまう自分がまだいるんですっ。もうずいぶん前のことなのに」

 思案顔(しあんがお)の彼は、俺に目を向けた。視線が絡んで、また中川原へとその目を戻す。

「だから、今回もきっと思ってしまいます。花奏というカードを出さずに負けたら、卒業しても引きずるかもしれない」
「そうか」
「だから俺はベンチでもいいです。花奏を休ませるための駒でも全く問題ありません」

 髭を摩った中川原は、円の前列にいる3年生全員を見渡した。

「渡辺の気持ちはわかったが、他はどうだ?」

 その言葉で、残り7名の先輩たちが各々(おのおの)隣の顔色をうかがっていた。

「中川原コーチ」

 10番の古屋(ふるや)先輩が挙手をした。

「俺も、渡辺と同じ気持ちです。この崎蘭高校の部員みんなでてっぺん目指したいんです。そこに先輩後輩は関係ありません」

 その発言を皮切りに、「俺も」「俺も」と3年生皆の手が挙げられた。大きく頷いた中川原が、髭から手を離す。

「よし、わかった。お前たち3年の考えは皆一緒だな。じゃあ続きを発表する。明日のスタメン最後のひとりは──」

 先輩たちの決意で点火された俺のハートは瞬く間に燃えると、毛穴からをも煙を噴き上げた。俺はそこへ、覚悟という名の木材を投げ込んだ。

「16番、花奏!」
「はい!」

 やってやるって、そう思った。