病気だったのだと言う。
いつも通りの道。空。横断歩道。踏切。道路。その先々を、いつも通り歩いていた。彼女の脳の腫瘍は外科の医師が既に指摘をしており、早期に治療をしなければ取り返しのつかないことになる、と日々警鐘を鳴らしていた。それでも、首を縦に振らなかったそうだ。頑として、ここに来て、毎日を過ごした。平穏を与えた。彼女は、生きた。死ぬかもしれない、助からないかもしれない、そんな可能性に賭けるなら、変わらない今日を、少しの変容を受け入れたりしながら、自分の担当患者と過ごしたい。
彼女は、最後までそう言っていたらしい。そして、それは私だった。彼女の毎日の中に、もう先の長くない、私がいた。
彼女の可能性を絶やしたのかもしれない、私がいた。
◇
「お客さん、どこまで行かれるんです」
「鹿児島まで」
「えっ?」
「鹿児島まで」
303号室のプレートの下には、板持晴雄のネームプレートが挟まっていた、名残がある。今は閑散としている。大部屋に誰も入れない形式を取っていたのは、余命間もなく、死を乞うている、そんな患者の心の拠り所になるため、彼女が全力で命に向き合うためだったのかもしれない。
病院はどこか閑散としていて、どこか看護師達は暇そうで、その冬の日は酷く穏やかで、寒く、冷えるのに、胸を熱くし、突き動かした。名前も知らない。感情ばかりを握って、何かに突き動かされ、時に突き動かしながら、自らの足で、前に、そして時に後ずさって、後悔をしながら、間違えながら、痛みを抱えている。死を間際にしたからではない。誰しもに言える。誰しもが。命ある誰しもが、気付き、そして顧みるべきこと。