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 新久郎はなんとか千紗に会う方法はないか、そればかり考えていた。
 恋文を書いてはみたものの、父親に見つかったら、千紗が怒られてしまう。
 いつもの天神様で考え事をしていると、遊びに来た子供たちに取り囲まれた。
「兄ちゃん、恋文か」
「おう、そうだ」
「兄ちゃん、あの算術姉ちゃんと夫婦になるのか」
「そうだ。武士に二言はない」
「かっこいいな。ひょろっとしてぼんやりしてるだけかと思ったけど男前だな」
 褒められているのか貶されているのか、正直な子供たちに苦笑するしかない。
「でも、これを渡そうとしても、見つけられたらもっと困ったことになるんだ」
 すると、赤子を背負った女の子がみんなの後ろから新久郎に言った。
「それなら、カルタを渡したらどうですか」
 カルタ?
「百人一首の札なら、手紙とは分からないでしょう」
「ほう、なるほど。それは良い考えだな」
 新久郎は子供達と明日も会う約束をして、百人一首の読み札に想いを託すことにした。
 選んだのは百人一首二十五番、三条右大臣の歌だ。

   なにしおはばあふさかやまのさねかづら
          ひとにしられでくるよしもがな
   (逢うという名の逢坂山で共寝に通じるさねかずらをたぐるように、
   人に知られないであなたのもとへ来る方法はないものだろうか)

 翌日、まんじゅうを買って天神様にやってきた新久郎を子供達が待ちかまえていた。
「おう、まんじゅうを買ってきたぞ」
「うわお、兄ちゃん。ありがとう」
 乳歯の抜けた口を大きく開けてまんじゅうを頬張る子供達に読み札を預ける。
「じゃあ、俺たちが渡してきてやるよ」
「おう、頼んだぞ。うまくいったら、またまんじゅうを買ってきてやるからな」
「やっほう!」と、歓声を上げながら子供達が駆けていく。
「待ってよぉ」
 赤子を背負った女の子はあやしながら後を追いかけていった。