惣兵衛は川へ視線をそらしながら腕組みをした。
「ですがね、若様が本気になればなるほど、あの子は不幸になるんでございます。あんなに苦しそうな娘の顔を見たくはねえんです。お願いですから、もう、会わないでやってください」
 新久郎が膝に手を置いて頭を下げる。
「惣兵衛殿、私は千紗殿に惚れておるのだ。このとおりだ。会わせてくれないか」
 ひょろりとした上背が丸まっている。
「いけません、若様」と、惣兵衛は若侍の体を起き上がらせた。「若様にはお侍としての将来がおありになるですから、御名前に傷をつけるようなことをなさっちゃいけませんよ」
「どうしても、と言うのか」
「このとおりです」と、惣兵衛は腰を曲げて膝下まで頭を下げた。「忘れてやってください」
 起き直った惣兵衛が新久郎に背中を向ける。
「娘のためでございますよ」
 そう言い残して惣兵衛は長屋へ戻って行ってしまった。
 新久郎は橋の欄干に手をついて、よどんだ水を眺めていた。
 柳の葉を揺らしながら水面を渡る風が若侍の頬を撫でていく。
 風がひんやりするのはなにゆえか。
 もう秋だからか。
 いやまだか。
 ――泣くな新久郎、おまえも武士だろう。
 これが泣かずにいられるか。
 彼は自分を殴りつけるように、何度も何度も手の甲で頬をぬぐっていた。