「どうした?」
 ふと、気づくと、涙が流れていた。
 大切にしてほしいのに、大切にされると不安になる。
 千紗は新久郎の着物を握りしめて固くしがみついた。
 離したくはない。
 本当はずっとこうしていたい。
 だけど、そうもしていられない。
 二人は住む世界が違う。
 武家の跡取りと町人の娘。
 考えたくはないけど、いつかは分かれなければならない身。
 だからこそ、好きになってはいけないのだ。
 分かっている。
 だけど、どうにもならない。
 もう好きになってしまったのだから。
 計算なんかできない。
 どこにも答えなんかない。
 だけど、こうして抱き合っている二人の姿はここにある。
 そこに嘘偽りはない。
 なのに答えは見つからない。
「千紗」
 泣き顔を見られたくない。
「千紗」
 何度呼ばれても顔を上げることができない。
「私はそなたを悲しませるようなことはしたくない」
 そんなふうに言われたらよけい涙が止まらない。
「信じてくれ。悪いようにはしない。必ず、そなたを幸せにしてみせる」
 肩を振るわせながら泣いている千紗に新久郎はいつまでも寄り添ってくれる。
 それがまた悲しくなる。
 息が苦しくなるほど新久郎の胸に顔を押しつけてみても、涙は止まらない。
 祭囃子が聞こえる。
 突然、新久郎が千紗の肩をつかんで腕を伸ばした。
「踊ろう」
 はあ?
「お祭りなんだ。踊ろう」
「無理です」
「だからだ」と、新久郎は腕を振り上げて腰をくねらせながら手をひらひらとひねり始めた。「無理を承知でやってみろ。やってみなくちゃ、何も変わらん」
 タコのようにくねくねと下手な踊りを踊る新久郎を皆が笑っている。
「ほら、そなたもやってみろ」
 新久郎に手を取られて、人の輪の中へ引っ張られてしまう。
「ほれ、ほれ」と、新久郎が千紗の手をつかんだまま無理に振り上げる。
「恥ずかしいです」
「ああ、私もだ」と、新久郎が笑う。「だが、楽しいぞ」
「楽しくありません」
「じゃあ、まだ踊り足りんのだ」
 新久郎は跳びはねたりくるりと回ったり、猿まねやら蛙の鳴き声まで真似をしてみせる。
 まわりで踊る人々もそんな彼を見て大笑いしている。
「馬鹿みたいだろう」
 ――ホント、馬鹿みたい。
 また涙が出てきてしまった。
 でも、新久郎に合わせて千紗も腕を振り上げた。
「お、いいぞ。そうだ、そうだ」
 全然楽しくないけれど。
 踊るしかない。
 何も変わらないけれど、踊ることしかできない。
 泣き笑い悲喜こもごも、すべてを振りほどくように、千紗は涙を振りまきながら下手な踊りを踊り続けた。